【第9回】
~ 赤ちゃんと笑顔 ~
入選
POWER OF SMILE
東京都 会社員 29歳
我が子の笑顔・・・私は最近これが見たくて娘に面白い顔をしたり、言葉をかけたりするのが日課だ。
娘は出生後の検査で心臓に欠陥が見つかった。妻は泣きくずれ、初めての子供で私たち夫婦はうろたえた。一応退院はできたものの、その足で大学病院に直行し精密検査。退院時に用意したセレモニードレスを着せる余裕は全く無かった。
「今後の経過を診ていきますが最悪は手術の可能性があります。」と医者に告げられた。私自身、1歳のとき心臓の手術をし、現在も胸の真ん中に大きな傷跡が残る。幼少の頃は男ながらも胸の傷が恥ずかしく、プールの時は気がのらなかった。友達に傷を揶揄され学級会が開かれたこともあった。同じ思いを我が子にさせるのか?当時、私は生後まもない小さな体にメスを入れることを到底納得することができなかった。
不安がる妻の隣で、私は強気なそぶりを演じていた。それは私の父母の助言だった。まさか自分の子が同じ思いをするなんて。両親はきっとそう思ったに違いない。「父親のお前がしっかりしろ!」この言葉を胸に刻み、私は涙をみせず妻を励ました。さまざまな困難の中、ひとりの子供を一人前に育て上げる。私たち新米パパママにしてみれば経験のないことだけに改めて両親への尊敬と感謝を実感した。
幸いにも、日々の生活は一緒にできた。順調に体重も増えていき、心臓の病気も治ったのではないかと感じた。しかし、検診では思いのほか症状は悪くなっていった。自宅への帰りの車中、重たい空気で会話もない。これからどうなるのか?不安で考えるのを避けていた。
そんな中、2ヶ月が経ったある日のこと、私の前で娘が笑顔を見せてくれた。どうして笑うのか、何がおもしろいのか、ただの愛想笑いなのか、全くわからない。しかし、初めて見る我が子の笑顔に嬉しさと共にその時は病気のことも忘れ、夢中でもう一度笑うようにおどけてみせた。
それから幾度となく娘の笑顔は見られた。心臓が悪く呼吸が苦しいかもしれないけど笑ってくれる娘・・・その笑顔に私たち夫婦は何度も癒され、次第に病気と向き合う勇気を与えてくれた。現実を受け入れたくなかった私たちは、それから病気について詳しく調べ、セカンドオピニオンをとるなど、ありとあらゆる手段を講じ、親として今できる最善のことを模索した。
「手術をすれば必ず元気になります」医者の言葉が頼もしかった。
この頃から娘は次第に心臓に負担がかかり、すぐに汗をかいたり、むくんだりしてきた。だんだんと増えてくる薬の量。見せる笑顔も少なくなった。今すぐこの苦しみから解放させたい。私たち共通の思いだった。娘の元気な姿、そして何より心からの笑顔が見たい。今できる最善の方法は手術しかなかった。
3ヶ月を過ぎ、体重が増えるのを待つ形で手術することにした。何も迷いは無かった。入院前日、お風呂当番である私は、いつものように娘と一緒に湯船に浸かった。そこで一瞬、今まで見たことのない最高の笑顔を娘は見せてくれた。
「パパ、私がんばるから心配しないで」
そう言っているように思えた私は、娘の前で思わず泣いてしまった・・・妻の前では強気を演じていたからか、このときは涙が止まらなかった。
信頼できる医者、そして何より一番頑張っている娘を信じて、私たちは手術室へ送り出した。手術は無事成功。術後の経過は良好で驚くべき早さで退院することができた。
現在9ヶ月になった娘。今では這い這いが上手にできるようになった。心臓の経過も問題ない。傷は残ったが、元気になった娘の姿、そして今見せてくれる元気100%の笑顔。これに変えられるものは何もない。
初めての子供が病気になったのは神様が与えた試練、失意のどん底だった私たちを勇気付けてくれたのは、その時苦しみながらも微笑みかけてくれた娘の笑顔だった。胸に残った傷とともに娘の笑顔は私たち家族の絆のシンボルだ。
これからもトビっきりの笑顔を見せてくれ!