持田ヘルスケア株式会社

スキナベーブ エッセイコンテスト

【第9回】
~ 赤ちゃんと笑顔 ~

入選

『カタカタ』は幸せの音

兵庫県  主婦  41歳

「お父さんが今日は連れて行ってくれるのね?」
まるでこう言っているかのごとく、口を大きくあけて夫にほほ笑む長男。
夫は、この最強の笑顔のもと、骨抜きにされがっくりと肩をうなだれてカタカタに出た。
『カタカタ』とは散歩のことであり、ベビーカーを押すと振動でカタカタ音がすることから、そう呼ぶようになった。
夫は育児がキライである。
育児書は好きである。
出産前から、「はじめての出産」やら、「赤ちゃんのお世話」などの本を買ってきては読んでいた。が、育児は女性のすることと思っているのか、長男がうんこをしていると、
「なんか、ウンコしているみたい」
おしっこして服が濡れていると、
「なんか、洋服を着替えたほうがいいみたい」
と、実況中継はするのであるが、手は出さない。
私も初めての子育てで慣れてはいない。気づいたら、気づいた人がする!まるで会社で上司が言うようなことが頭をよぎった。
しかし、遅くまで残業してきている夫にそれを言うのは気がひけて、もう少し一人で頑張ってみようと思った。
生後3か月頃になると、私も徐々に育児に慣れてきて、夫の実況中継に反論することがなくなってきた。そして、赤ちゃんは何でもわかっている。とこの頃からそう悟るようになった。赤ちゃんは返事が出来ないだけで、言っていることはわかるのである。私がそう言うと
「まさか、生まれて数カ月でわからないだろう?」
と、育児法熟読者が言う。そう言われると弱気になるが、3か月も24時間一緒にいるとわかるのである。例えば、お散歩に行こうと、私が帽子を被っているとニッコリ笑う。お風呂に入ろっか、と言うとお風呂大好きな長男はうれしそうな顔をする。赤ちゃんはわかっているのである。
夫はまた育児書を買ってきた。今度は巷で人気の脳を鍛える本である。少し余裕の出てきた私はちゃめっけたっぷりにこう言う。
「それを読んで、乳母がおぼっちゃまをお育て申し上げればよろしいのですね?」
「、、、そう」
夫は私を完全に乳母と感じているらしい。私はこの時に思った。
よし、赤ちゃんの脳を鍛える前に夫の育児への脳を鍛えよう、と。
土、日は長男をお風呂に入れるのを夫がするようにしてみた。しかし、長男のあまりの抵抗で、私が一緒にいないとまともに体が洗えない。これでは夫の育児が遠のいてしまう。そこで、長男の大好きな散歩に行くことから始めることにした。
社宅に住んでいるため、ベビーカーを押す様子を会社の人に見られるのに抵抗があるかもしれないと思ったが、言ってみた。
すると、私の言葉を聞いていた長男が目をキラキラさせ、
「行くのね、お父さんが!どこに連れて行ってくれるの?」
と、あたかもこう言っているように顔いっぱいの笑顔で問うたのである。
夫は育児書よりも、私の言葉よりも、赤ちゃんの笑顔に動かされベビーカーを押すようになった。
カタカタ。夫がベビーカーを押す音が聞こえる。幸せの音である。

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