【第9回】
~ 赤ちゃんと笑顔 ~
入選
ママと、ママのママの話
埼玉県 主婦 38歳
結婚一年目、お腹に赤ちゃんがいるとわかった時は今まで味わったことのない驚きと喜びで私の心はいっぱいでした。まだ携帯を持っていなかったあの頃、病院の外にある公衆電話から主人や親友に電話をして涙ぐみながら妊娠の報告をしました。しかし、母親にだけは連絡し辛かったのです、何となく…。
それは私が小学生の時から感じていた何となく母親に甘えられない、素直になれないという気持ちの延長でした。とにかく仕事が忙しく、またそれに生き甲斐を感じていた母親は授業参観や運動会、部活の発表会などには全く足を運んでくれず、学校から帰宅しても母が家にいることは滅多にありませんでした。幼い時から留守番ばかりしていた私は学校での悩みや親に甘えたくても甘えられない寂しさから、段々と母親が苦手になっていきました。そして自分が将来母親になって子供を授かったらどんなに忙しくても絶対に寂しい思いはさせない、いつでも話を聞いてあげたいと強く思うようになったのです。そんな私がついに母親になる時がきたのですから、ワクワクしないはずはありませんでした。毎日生まれてくる子供の事を考え、まだ先の事なのに義母に教えられ、布オシメを何枚も縫いました。
数週間後、妊娠したんだって?と電話してきた母親。良かったねと喜んでくれましたがやはり何となく素直になれずに『もう少し落ち着いてから連絡しようと思ってた、ごめんね。』とぎこちなく電話を切りました。母親も私とはちょっと距離を置く感じでしたので、それ以来電話はありませんでした。今までの関係が関係だもの、仕方ない、と自分に言い聞かせるもやはり甘えられない寂しさが心の中ではちきれそうでした。
お腹が大きくなるにつれて主人も笑顔が絶えなくなり、私達は毎晩親子3人で暮らす理想の生活を語り合っていました。そして出産には必ず付き合うという主人の言葉がとっても嬉しかったのです。ところがある日、一人でデパートに買い物に行った時。階段を上った瞬間、何か違和感を感じました。破水したのです。予定日までまだ三週間もあるのに。私は脚から滴る羊水を見て恐ろしくなり、涙が止まらなくなりました。不安と恐怖でいっぱいでした。でもとにかく落ち着かなければ、と階段の踊り場にある公衆電話まで震えながら歩き、電話をかけました。無意識のうちに、母親に。『ママ、デパートで破水しちゃった、どうしよう!』状況を悟った母親は『落ち着きなさい、車で迎えに行くからそのまま病院へ行こうね。』と。母を待つ数十分の間、私は母に対するあの思いを全く感じませんでした。ただ純粋に母を待っていました。病院に着くとすぐに陣痛促進の注射を打たれ、数時間後私はベッドの上で力んでいました。手を握ってくれていたのは母でした。想像を絶する苦しみの中、私はずっと母と手を握っていました。そして子供の泣き声が響いた時、私より母のほうが泣いていました。私は初孫の誕生に感動して泣いていると思いました。でも母の『和ちゃんは良いお母さんになってね。』と言う言葉に、初めて『もしかしてママも私との関係を後悔していたのかもしれない、何となく気まずいまま今日まで来てしまったことを悔やんでるのかもしれない。』と思いました。お互い、言葉にはしませんでしたが娘の誕生で二人の関係を一つ乗り越えた気がしました。それからと言うもの、母は時間があると娘の様子を見に来たり呆れるほどおもちゃを買ってきたり。何より驚いたのは、こんなに笑っている母の顔を見ることができたことでした。『きっと私が生まれた時も同じように、母はいつも笑顔だったんだ。』と娘を産んだ事でまた、私も母から愛されていたんだと感じることができました。娘の誕生が運んできてくれた、素晴らしい贈り物でした。命の誕生が神秘的に思えるのは、いろんな事にも素敵な影響をもたらしてくれるからなのかな、と今も思います。