【第9回】
~ 赤ちゃんと笑顔 ~
入選
チチとコドモ
大阪府 会社員 36歳
私は4年前に父親になった。
それまでは『いつか私も父親になるだろう』程度の意識で、
今現在、父親らしく振る舞えているかといえば、疑問符がつく。
子供の頃から考えると、それなりに大人にはなってはいるが、
父親になってから、たった4年しか経っていないのだから。
息子の出産に立ち会い、それから数日後、病院へ見舞いに行った。
用意された保護着に袖を通し、産まれたばかりの息子を抱いた。
小さくてこわれそうで、とても愛くるしかった。
息子はしわくちゃの顔をして、つぶらな瞳で私を見つめ、
笑顔なのか顔の運動なのかわからない表情で手を動かしていた。
人差し指を差し出すと、それをまるでペットボトルを持つような
手つきで握り返してきた。それくらい小さな手だった。
自然と笑みがこぼれ、ああ、父親になったんや、と思った。
それから4年経ち、息子は私と一緒に虫取りに行けるくらい
大きくなった。身長も100cmを超えた。
受け答えもしっかりとして、ひらがなも読めるようになった。
私も父親4年生。父親らしくなってきたかは分からない。
でも息子は『父さん!』と呼んでくれる。
分娩室で看護婦さんが産まれたばかりの息子を妻の胸に抱かせた。
そして私は初めて息子を見た。
何週間も前から妻のお腹を蹴ったり押したりしてたのはこいつか。
私にも妻にも似ていない息子は、私を見て笑ったような顔をした。
『おい、こいつ今笑ったで』『そんなわけないやん』
そしてしばらくして、看護婦さんが息子を別室へ運んでいった。
遠くに聞こえる息子の泣き声。不思議と自分の息子の声を
聞き分けることが出来た。
新しい命が産まれ、新しい父親が生まれた。
息子と手を繋いで歩く、息子のもう一方の手は妻と手を繋いでいる。
その妻のお腹にはもうすぐ産まれる赤ちゃんがいる。
あの時と同じように、妻のお腹を蹴ったり押したりしている。
妻のお腹に手を置いて『おい、蹴ってみろ』と語りかける。
偶然動いた赤ちゃんの感触が手に伝わり、『お、動いたぞ』
と妻に伝える。自分のお腹の中の赤ちゃんが動いているくらい、
言わなくても分かっている妻に言ってるのも、なんだか変な感じだ。
また出産に立ち会うつもりだ。もちろん息子も一緒に。
今度産まれてくる赤ちゃんを待ち受けるのは、4年生の父親と
小さなお兄ちゃんだ。
産まれてくる命、育ってゆく命、その育みによって、父親が育つ。
新しく産まれてくる赤ちゃんと、そこで生まれるお兄ちゃん。
家族がみんな、共に育ってゆく。
今度はもっと父親らしく迎えることが出来るかな。
息子はお兄ちゃんとして、どんな表情を見せるのかな。
小さな赤ちゃんは、どんな笑顔を見せてくれるのかな。
妻も赤ちゃんも、無事に健康に産まれて欲しいな。
わくわくするとき、やっぱりチチはコドモになる。
息子と対して変わらない。
4才の息子と4年生の父親。
妻から見ればどちらもコドモに見えるのだろう。
今年の正月は、去年より賑やかになりそうだ。