【第9回】
~ 赤ちゃんと笑顔 ~
入選
おじーちゃ
福岡県 主婦 34歳
「じゃんけんぽん、負けちゃったあ。じゃんけんぽん、あぁまた負けた」
何事かと思い部屋を覗いてみると私の父と子供がじゃんけんをしていた。手をグーに握ったままの十ヶ月の息子(つまりは父の孫)に、父はチョキを出し続けている。馬鹿みたいだが二人ともとても楽しそうなのでほおっておくことにした。
息子は笑うと顔の上半分はしわくちゃになり、顔の下半分はニヒルに歪む。眉毛はつり上がって「どうしてそんな顔になるの」と悲しくなるほど不細工な笑い方をする。それでも父にとっては天使の笑顔なのだろう。
子供の頃、父と会話した記憶はあまり無い。自営業でいつも自宅兼事務所にいたものの、機械に向かう寡黙な横顔の記憶しか思い出せない。気難しく頑固者で子供である私には自立する事を求められていたように感じた。
いつも「若いですね」と言われていた父だったが、数年前に脳梗塞を煩い、身体が思うように動かなくなってから急に老け込んだ。まだ五十代なのに七十にも見えるほどに。元々口下手だったのが、ますます喋る事が苦手になった。
「野原を走っている夢を見たよ。足がどんどん動いて気持ちよかったなあ」
そんな風に言う父が、今にも死んでしまうような気がして無理矢理に旅行させた事もあった。リハビリも兼ねてのディズニーシーは疲れて帰ってきただけだった。
「もう駄目かも知れない」私も母もそう思っていたけれど、そんな父が最近だんだん若返ってきたのだ。
リハビリの効果もあるだろうけれど、孫の世話をしていると父は少しずつ元気になってきた。十キロの赤ん坊を抱えて普通に歩けるようになった。この間は「桃太郎」のお話をしていた。父の語る桃太郎なんて初めて聞いた。
「……男の子はご飯をたくさん食べて大きくなりました。桃太郎と名付けました」
ここまで語ったところで、私がつい
「大きくなってから名前つけたの?」
とツッコんでしまったので、残念ながら話は途中で終わってしまった。
そんな世話の甲斐あってか、つい数日前、息子が喋れるようになった。初めて喋った言葉は「ぶーぶー」だった。今までの赤ちゃん言葉と違い、明らかに自動車の玩具を持って「ぶーぶー」と言っている。
その翌日、二つ目に覚えた言葉が「おじーちゃ」だった。真っ白になった父の髪の毛を触って
「おじーちゃ」
「今、おじいちゃんって言ったよね? 言ったよね?」
家族で大盛り上がりになり、父は何度も頭を下げて息子に髪の毛を触らせていた。その度に白髪頭をなでなでして
「おじーちゃ」
と、にやりと笑う息子。
思えば親孝行らしいことをほとんどしたことの無い私だけど、こんなに父を笑顔にすることができるのなら息子を産んだ甲斐もあったなあと思ったりする。
お父さん、息子がもう少し大きくなったらキャンプや魚釣りに連れて行ってあげてね。その頃までには、野原を走れるほどに若返っていてね。