【第9回】
~ 赤ちゃんと笑顔 ~
特別賞
サプライズ
正村 知子 愛知県 パート 46歳
一昔前は、妊婦さんのお腹が急角度にせり出していたら男の子、なだらかな丸みならば女の子などといって、お腹の赤ちゃんの性別を「予言」していたようですが、今は腹部エコー検査のお蔭で、生まれる前から随分正確に赤ちゃんの性別がわかるようになっています。
私は六ヶ月を過ぎた頃に、産科の先生に子供の性別を知りたいと言って教えてもらいました。
「女の子みたいですよ。来月には、もう少しはっきりいえると思います。」
その日から、『女の赤ちゃんの名づけ』が私の愛読書になりました。画数・読み方・苗字との相性・響き・漢字の姿・意味など、ありとあらゆる局面からの検討を加え、強運にして美しく、誰にでも読めて、愛される名前を探すというミッションがスタートしました。ところが、これが難しい。なぜかというと、『女の赤ちゃんの名づけ』と『開運名づけ』と『幸せな赤ちゃんの名づけ』では名前の解釈が随分異なるからです。コザト偏を三画に数える本もあれば、八画だというのもあります。流派によっては開運度にも画数の数え方にも差があるからです。ものすごく厄介ではあるけれど、まったく苦痛じゃない。むしろ悩むことが楽しいのが名づけです。
名づけと平行して始まるのが、赤ちゃんグッズのお買い物。これがまた文句なしに楽しいものです。全てがミニチュアサイズで愛くるしい。新生児用のベビードレスのかわいいことといったら。繊細なレースがふんだんに使われ、フリルで縁取られたピンクのサテン地のドレス。ドレスとお揃いのボンネットにも長いリボンがついていて、これだけをみたら「姫のお召し物」です。そうだ、退院するときには、姫をベビーキャリーに入れて運びたいわ。これにもレースとリボンがたっぷりついたのがいいわねぇ。いっそのこと、子供部屋もピンクのカーテンにしようかしら。
ベビー用品の準備も整い、名前にも目処がついて、後は心静かにその日を待つだけ。帝王切開で取り出されたわが子の泣き声が聞こえてしばらくすると、先生が生まれたばかりの赤ちゃんを抱いてきて、「おめでとうございます。男の子ですよ」と言っているのが耳に入りました。「あら?私の聞き間違いかしら。うちの子なら女の子のはずでしょう?」疑問符で頭の中が一杯になった瞬間、麻酔で意識が遠ざかっていきました。後にも先にも、こんなにも疑問符で頭が満たされたことはありません。
妊婦検診でエコーを使うたびに、慎ましくもピッタリと股間を閉じてきた息子は、三人いらっしゃったどの先生からも、ただの一度も「ひょっとしたら男の子かもしれない」といわれることなく、私のお腹の中で女の子として成育し、生まれたときには盛大なる「サプライズ」をしてくれました。
退院の時には、当然、フリルとレースがたっぷりついたピンクのドレス姿でした。新生児の間は、女の子の服ばかり着せられていた息子。三ヶ月を費やして探した史上最強運の女の子の名前は日の目をみることなく、結局は夫が即席で決めた名前が採用されました。
それ以来、高校二年の現在に至るまで、何かと驚かせてくれる息子ですが、未だに誕生の瞬間以上のサプライズは受けていません。
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