持田ヘルスケア株式会社

スキナベーブ エッセイコンテスト

【第8回】
~ 赤ちゃんとわたし ~

入選

沐浴実習

福岡県  会社員  40歳

その日は朝から緊張していた。いよいよ本物の赤ちゃんを抱いて、沐浴する日がやってきた。今日は新米ママに対する沐浴実習の日。指導するのは、新米どころじゃない二十歳そこそこの看護学生の私。昨日まで赤ちゃん人形を使い、何度も何度も練習した。
「抱く人の手が不安だと、赤ちゃんも不安がるから、練習したとおりに自信もってやったらいいよ」と年配の助産師さんが私を励ましてくれた。
私は施設でアルバイトをしていたし、一回り年下の妹がいるので、赤ちゃんのお世話をすることは小学生頃から多かったように思う。妹のオムツを替えたり、食事を食べさせたり子守りをするのは当然のようにやってきた。
看護学生三年生になり、いよいよ病院実習がスタートした。この一年間は冬休みまでは実習とレポートが続き、冬休みからは卒論の仕上げと国家試験に向けて受験勉強三昧の日々となる。産婦人科実習に差し掛かったのは、内科と外科の実習が終わった後だったので、暑い時期になっていた。私が産科で赤ちゃんを抱いたときに、助産師さんから
「抱きなれているね。まぁ、顔も年のわりに老けてるし、何だかプロっぽく見えるよ」
といきなり笑われた。私は複雑な面持ちでその言葉を聞いていたが、新米ママに対しては看護学生っぽくない方が不安感を与えなくて済むなぁ・・・と前向きに考えた。
そしていよいよ、新米ママが赤ちゃんを抱いて登場した。私は沐浴用のエプロンを着用し、お湯の温度もOK!バスタオルOK!沐浴の順序も完璧!という状態で、まるでそこの職員かのごとくママと赤ちゃんを迎えた。
裸になった赤ちゃんを抱っこすると、人形よりはるかに柔らかく、おおっと思いながらも動揺せずに、ゆっくりと足からお湯に入れた。私の隣には助産師さんがいて、わたしの沐浴の動きと共に、母親に丁寧に説明している。母親に説明しているのに、いつもの学生のクセで、助産師さんの指導する一言一句に、「はい。はい」と私まで返事をしてしまい、「お母さんに説明してるんだから、あなたは返事しなくていいのよ」と笑われる始末。新米ママも私が学生だと露知らず、何だか信頼しきったまなざしで私の沐浴をしっかりと目に焼き付けている。赤ちゃんはというと、これまた私を信頼して、目を閉じて何とも気持ちよさそうなホンワカ顔。ああ、なんて可愛いんだろう・・・。と、そう思った矢先、事件が起きてしまった。
(ボコッ)と赤ちゃんの股のあたりから音がしたかと思うと、空気の泡が水面に浮かび上がり、続けて(ブリブリッ)と音がして、空気ではない物体が浮かび上がってきた。赤ちゃんは相変わらず目を閉じ気持ちよさそうにしていて、まるで音など自分から出たものではないような素知らぬ顔をしている。私はその瞬間フリーズしてしまった。助産師さんの顔をチラっと見ると、「すぐに新しいお湯を用意するから、あなたはこのままでいて。大丈夫だから」と私に素早く耳打ちをして、何食わぬ顔で「気持ちよかったね~。全部だしていいよ~」と赤ちゃん語の一歩手前の甘い声で赤ちゃんに語りかけ、気の毒そうな顔をしている母親にウインクした。助産師さんは手際よくお湯を準備し、赤ちゃんを抱き上げると清潔なお湯に入れて、見る間にキレイにしてしまった。
沐浴実習が終わり、母子が帰った後、沐浴中の出来事に動揺してしまったことに対して、助産師さんに謝罪した。すると、「反省するのはいいことだけど、あんなこと日常茶飯事だから気にしなくていいのよ。あなたも人の親になれば何事にも動じなくなるわよ。あはは」と明るい声で笑った。私は、はい・・・と頷いた。そんな20年前の出来事。遅ればせながら私は今年40歳で初・人の親計画中である。

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