持田ヘルスケア株式会社

スキナベーブ エッセイコンテスト

【第8回】
~ 赤ちゃんとわたし ~

入選

おやじベビー

東京都  自営  42歳

若いOLたちが好んで温泉やカラオケに行くのを“おやじギャル”ってなふうに呼んだ時期があります。ならばうちの子は“おやじベビー”ですな。なんともけったいな言い方ではありますが、なかなかどうして、これがものの見事にぴったりとくるんですね。
そんな坊やに初めて会ったのは十数年前のあの夜のこと。徹夜続きでロクに家にも帰れず、一子誕生の知らせを受けたのが夕方、会社で仕事真っ最中のことでした。すぐに病気へ直行して、ガラス越しに見えたのが、これがぶちゃ顔のベビーでした。看護婦さんの手前、顔には笑みを浮かべていましたが、その内心では、えーっと、叫びたかった。
それからしばらくして、カミさんと坊やが我が家に帰ってきました。ベッドですやすや寝ている我が子を見てると、不思議と気分は穏やかになる。こんなぶちゃ顔でも、紛れもなく我が子なのですから。カミさんは小さな声で言いました。この子、病院で“おやじベビー”って呼ばれてんのよ。もう、恥ずかしくって……。そのときはただ聞き流していましたが、翌日、私はこの言葉のホントの意味を理解するのでした。
カミさんが坊やを風呂に入れてくれと言い出したのです。まだオシメの取り替えもやったことがないのに。いや、出産する前に、少しだけカミさんから教えてもらいましたが、それは口で説明してもらった程度。実践では通用しません。たとえばオシメの取り替えをBランクとするなら、さしずめお風呂はAランクでしょうか。
ねえ、やってみてよ。意地悪く薄ら笑いを浮かべながらカミさんは言うのです。もう、こうなったら破れかぶれ。ぬるま湯をベビー用のバスタブに入れて、そーっと坊やを湯に浸けました。泣くな、泣くな、と祈るような気持ちで。が、赤ん坊というものはホントにスベスベの肌をしてるもので、いやはや、世の女性の憧れの柔肌と言えましょう。肌自慢のうちのカミさんも、こればっかりはお手上げですな。いやア、ホントに。
そんなスベスベ肌をうっとりと眺めていると、そう言えばこの子、泣いてない、ということに気づいたんです。そーっと坊やの顔を見ると、これが何とも言い難い表情でして、言ってみれば世間のおやじたちが温泉に浸かりながら一杯やってる顔(?)とても言いましょうか、とにかく気持ち良さそうに目を細めてるんですよ。それで挙げ句の果てには、口をぽっかり開けて、ふーっ、ですと。
この子が“おやじベビー”って呼ばれてた意味が分かった? カミさんはニヤニヤしながら言いました。
さて、それではそろそろ坊やを湯から引き出そうとすると、これがまた大変。坊やは火が点いたように泣き出すではありませんか。普通、逆だろ。もうお手上げてす。はい。お風呂が大好きなんですね、うちの坊やは。
で、時は経て、坊やも小学五年生。勉強よりも遊びたい年頃です。いつも汗だくになって帰ってきます。
そんなある日のこと、やけに髪が濡れてるなと思い、訊いてみました。すると坊や、いやア、遊んでて汗かいたから、そこの銭湯でひと浴びしてきたんだ。なかなかいい湯だったよ。そこの銭湯、来週からヨモギ湯やるんだって。今度、行かない? おまえはどこまでおやじなんだ!

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