【第8回】
~ 赤ちゃんとわたし ~
入選
あなたのうまれたところ
東京都 会社員 31歳
「持ちますね、ヨイショ!」初めてベビーカーで電車に乗ったとき、ドアが開くと同時に、サッと手を伸ばしてベビーカーをおろしてくれた若い男性。自分は降りないのに。あまりにもさりげなく一瞬のことだったので返事もお礼もまともに言えず、走り出す電車を呆然と見送っていた。
「この靴下だけ、直してもいい?」電車の中で抱っこしていた時。娘の脱げかけてた靴下を直してくれた女性。
「落ちました!!」少し前に乗っていたエレベーターの中で落としたと思われる娘の靴下を持って、猛ダッシュで追いかけてきてくれた若いお父さん。
「きっとなんでも無いわ。大丈夫よ」3ヶ月健診で、左右の足の長さが違っていると言われ、再検査に訪れた整形外科の待合室。ご自身も二十数年前に、赤ちゃんだった息子さんの足に異常があると言われたという中年の女性。「でも全然問題なくて今も普通に歩いてるわよ!」
「こんなに可愛いんだから、お母さん、今は大変だけど許してね」「よく太ってるわね~。お母さん、上手に育ててらっしゃるのね~」どちらも年配の女性の方の言葉。母としての、そして人生の先輩でもあるこの方たちの励ましは、育児でクタクタになって少し落ち込みがちだった私に、元気をくれた。
「この子は大物になるよ~」ベビーカーの手すりに足をでんっと投げ出し、傍若無人に昼寝をしている娘への一言。八百屋の店先でどっと笑いがおきた。
娘が産まれて10ヶ月。本当によく見ず知らずのいろいろな方に声をかけてもらえる。近所の道、駅のホーム、電車の中、お店…。そんな時、私は、自分がこんなにも温かい人で溢れている地球に住んでいることに気づく。娘を育てる傍らで、いろいろな人が自分を母として育ててくれているということに気づく。
暗いニュースばかりで、娘の将来を考えると、一体どうなってしまうんだろうと、ため息をつきたくなるようなことも多い。でも一方で、こんな風に、温かい人たちがたくさんいて、その人たちに声をかけてもらって、あなたは大きくなったのよ、と娘が成長したら、きっと伝えたい。そして、それを気づかせてくれたのは娘。
産まれてきてくれて本当にありがとう。
「お~、大事な大事な宝物を腕に抱いてるね、お気をつけて」
そして今日も、私たちは街へ繰り出す。