【第7回】
~ 赤ちゃんとの出会い ~
入選
「贅沢なボランティア」
兵庫県 ドッグトレーナー 42歳
「かわいいねー、かわいい・・」毎日何回この言葉をつぶやくだろう。両手を広げて甘えてくる笑顔にほおずりをして、すやすや眠るやわらかいほっぺにキスをする。そしてその小さな手をそっと握る。心地よい眠気に包まれて今夜も眠りにつく。「おやすみ、今日も元気でありがとう」こんな日常が訪れるなんて、あの頃は想像も出来なかった。
私が妊娠したのは40歳の時だった。正直言ってその時は「喜び」よりも「戸惑い」のほうが大きかった。3年がかりで取得した資格を生かし新たな仕事を始めたばかりだった。バリバリ働いて、冬は存分に大好きなスキーを楽しむ。そんな生活が壊される予感に恐れさえ感じた。いまさらはるかに若いママたちとのお付き合いが始まるの?考えただけでぞっとした。出産する直前まで仕事をしていたのも、妊娠くらいで自分のペースを崩したくないという思いがあったのかもしれない。
出産は帝王切開だった。その時すでに41歳だったこともあり病院側の勧めに従った形だった。麻酔が効いて10分余り、大きな泣き声が手術室に響き渡った。それまで想像の世界にいた命が突如輝きを放つ瞬間。その元気な産声を私はずっと忘れないだろう。我が子に会えた感動!でもその時の私は「やっとひと仕事終えたわ」という安堵感でいっぱいだったのだ。妊娠中は初期から難治性の膀胱炎に悩まされ、トイレ通いで睡眠もまともに取れていなかった。飲みつづけていた薬の影響も心配だったし、何より高齢出産というリスクに対しては常に不安が付きまとっていた。だからこそ元気な産声は私に安堵感をもたらしたのだ。
しかし喜ぶのは早かった。その後の後陣痛の痛いこと。帝王切開の場合、点滴を使って子宮を元に戻すのだが、腹腔に癒着がある私にとってはたまらなく痛い。気が遠くなるような痛みの中、助産師さんがベビーベッドに入った息子を連れてくる。「母子同室ですよ」私の身体には点滴やカテーテルが差し込まれ、身動きも取れないと言うのに・・。全く容赦はない。母親になるとはこういうことか、と腹をくくって、ゆっくりと赤ちゃんを傍らに寝かせてみる。そして大事そうに握ったその小さな手の中に、そっと小指を挿し入れてみた。「ぎゅーっ」、握り返す力の強さに私は初めて心からの感動を味わった。「よく生まれてきたね、がんばったねー」「お腹の中から出てどんな気持ち?」天使のような寝顔に語りかける。不思議なことに息子が横にいる間だけ痛みが身体から消えていたのだ。助産師さんには「母性本能よ」と言われたけど、私はもうすでにこの子に助けられているという実感で胸がいっぱいになっていった。
息子へ、あなたが生まれてママはいろんな事を教わったよ。生まれたてのあなたは本当にかわいくて、こんなにかわいいなら何人でも産みたいと思ったんだ。不思議だね。そして、人は皆だれもかれも生まれた時はこんなだったんだと思うと、周りの人の命をもっともっと大切に考えたいと思ったよ。それからは毎日あなたに教えられることばかりだね。
息子は現在1歳2ヶ月。育児ノイローゼをも覚悟していた私がいまだ育児のストレスを感じていない。疲れないと言えばうそになるが、この年になると時間があっという間に過ぎ去ることを体験的に知っている。子供の成長のスピードはF1並みだ。ヨチヨチ歩きはとてもかわいいけど、一生懸命寝返りに挑戦していた息子の姿はもう見ることが出来ない。逆にどんなに大変なこともずっと続くわけじゃないのだ。そう思うと良い事も大変な事も全てが貴重で喜びに満ちている。息子はこれからも多くの笑顔や悩みをプレゼントしてくれるだろう。その体験のひとつひとつが私を成長させてくれるに違いない。誰かが言っていた「子育ては神様へのボランティアだよ」と。こんな贅沢なボランティアは他にないよね。チャンスをくれた息子に心から感謝!!