【第7回】
~ 赤ちゃんとの出会い ~
入選
いないいないばあ
埼玉県 会社員 44歳
「いないいないばあなんて、いい年して言えないよ。おれのプライドが許さないよ」わが子が授かるまで、私は本気でそう思っていたし、妻にもそう言っていたのに……。
5年前に授かった初めてのわが子は男の子でした。いざ生まれるという連絡をもらったときには、私は単身赴任先の青森県におり、出産先の病院のある栃木県までの距離を克服するまでの間に妻は出産しました。わが子の出産をこの目でしっかりと見届けたいという私の願望はかないませんでしたが、1800グラム弱の未熟児ながらも元気にこの世に生を授かり、保育器の中で手足を一所懸命動かすわが子の姿を目の当たりにして、「ああ、この子、おれの子だ。おれは親になったんだ」という実感がひしひしと湧いてきました。と同時に「おれだ、おれがいる」と、ふとわが子を自分の姿に重ね合わせてしまったのです。写真で見た自分の幼少時代の顔にわが子が似ていたからなのでしょうか。わが子を親の分身と表現することがありますが、目の前にいる赤ん坊がまさに自分の分身なのです。手足をバタバタさせている息子の姿に私も力が入り、がんばれがんばれ――。
帰省の都度病院に通っては、保育器の中で生を授かった喜びを表現するかのように手足をバタつかせる息子にミルクをあげる幸せを感じ、そのうちに息子はすくすくと成長し、保育器から脱出していよいよ退院することになりました。
初めて息子を抱いた感触は、なんて軽いんだろう、なんてやわらかいんだろう、なんてか弱いんだろう、でした。見つめているうちにそれが、なんてかわいいんだろう、顔つきがおれにそっくりだ、なんて愛おしいんだろう、と変わっていきました。
抱っこをし、ミルクをあげ、オムツを交換し、添い寝をし、お風呂に入れる。なになにこの不思議な気持ち……。なんて幸せなんだろう。泣いているか寝ているかの息子だけど、じっと見つめているだけでじわりとくるこの幸せな気分。おれ、本当に父親になったんだ。親の気持ちってこういうことなんだ。少しすると息子の純粋無垢な顔に引き込まれ、無意識のうちに顔をすりすりしたり、チュッチュッしたり、「いないいないばあー」とやってみたり。息子がとろけてしまいそうです。
そんな私の行動に妻が、
「あれ? 男のプライドが許さなかったんじゃないの」
と意地悪く聞いてきますが、私にはプライドをかなぐり捨てたという感覚はまったくないので、きっとそんなプライドって最初からなかったとしか思えません。
「おかしいな、自分がこんなふうになるとは思ってもいなかったな」
とは私の正直な気持ちなのです。二人目の子宝はその三年後に授かりましたが、そのときにはもうプライドなんて発想は初めからありませんでした。一人目と同じく、すりすり、チュッチュッ、いないいないばあ……。
「いないいないばあなんてプライドが許さない、って話、してたよね」
「そんな話、してたなあ」
夫婦間では、そんな話はもう過去の笑い話になってしまいました。
「自分がこんな親ばかになるなんて思ってなかったでしょう」
と妻に言われたその一言は、私の心を言い当てています。すべてはわが子に純粋な心で接した結果でした。私の両親が私を厳しいながらも愛情たっぷりに育ててくれた思い出がよみがえります。私も二人の息子の父親として、厳しくもやさしく、責任を持って育てていこうと思っています。