【第7回】
~ 赤ちゃんとの出会い ~
入選
母と迎えた喜び
兵庫県 主婦 31歳
「おめでとうございます。妊娠ですよ。」
先生の言葉に私は涙ぐんだ。白黒の画面の中にはまだ5ミリほどの小さな命が映っていた。
帰宅しすぐに夫に電話で報告して喜びを分かち合った後、次に母の顔が浮かんだ。安定期になってから報告しようか、と躊躇しながらも私は実家のナンバーを押していた。
「もしもし、ああ、どうしたん?」と、いつもの母の声がした。
私は少し緊張しつつ、最近生まれた従兄弟の子の話をしてからさりげなく切り出した。
「実は私もできたみたいよ。」つい人事のような言い方になってしまう。母は一瞬意味が分からず「え?」と聞き返し、そして「そうか、よかったなあ。」と、あっさりとした口調だったので、私も「うん。」とだけ言った。それから産院での事を少し話して電話をきった。
初めての妊娠の報告にしては素っ気無い会話だが、私達はいつもこんな調子である。優しいけれど言葉少ない母に、いつからか素直になれなくなった私。それでも、待ち望んだ妊娠の喜びや、出産への不安など、たくさん溢れる思いを一つも素直に言えなかった自分が、この時ばかりはもどかしかった。
それから順調に時は過ぎ、ついに出産の日を迎えた。深夜に破水して入院した私は、明け方には分娩室へ移動した。思いのほか出産の進みが早く、出産に立ち会ってもらう予定の夫はまだ到着していない。私は助産師さんに励まされながら、ベッドに身体を縮めるようにして、激しい陣痛に耐えていた。すると看護師さんが部屋に入ってきて言った。
「お母様が来られてますよ。中に入ってもらいましょうか?」
私は断れず頷いた。どうやら夫が連絡してくれて、母の方が先に到着したらしい。私は正直戸惑ったが、産院は立会い出産を推奨していて家族なら誰でも立ち会うことができる為、母はすんなりと分娩室に通された。
母も中に入れるとは思ってなかった為か最初は躊躇していたが、私の辛そうな顔を見るなりすぐに側に来て腰をさすってくれた。母がさすると陣痛の激しい痛みがほんの少し和らいだ気がした。私は幼い頃お腹が痛かった時も、母が手でさすってくれると不思議と痛みが消えていた事を思い出した。もうずっと忘れていた母の手の温もりだった。
ふと我に返ると、もう赤ちゃんの頭が見えているよと助産師さんの励ましが聞こえたが、身体にあと少しの力が入らない。深呼吸と息みがうまくできず、私は頭の中が真っ白になって、「もうあかん!」と、思わず叫んだ。すると耳元で大きな母の声がした。
「赤ちゃんだって苦しいねんよ!がんばれ!フーッ、フーッ。」今まで聞いた事のないような必死な母の声だった。私は母と一緒にひたすら呼吸をし続けた。そして次の波で全身の力を振り絞ると、次の瞬間、私の中からするりと赤ちゃんが出るのを感じた。
「生まれましたよ!おめでとう!」助産師さんの声で私は力が抜けた。そして少しの静寂の後に、大きな産声が初めて部屋中に響いた。
「ああ、泣いたね。よかった。」母の安堵の声を聞いてやっと目を開けると、すぐに私の胸の上にバスタオルに包まれた赤ちゃんがのせられた。母と私に似て白い肌をした女の子。一生懸命胸の上でおっぱいを探す我が子を、私はこれからどんな事があっても守っていこうと心に誓った。
そしてその側で、母も優しい目で赤ちゃんを見つめていた。私と同じくらい汗びっしょりになった母に、私は初めて素直な気持ちで言った。
一緒に赤ちゃんを迎えてくれた事、そして同じようにこんな思いで私を生んでくれた事への感謝を込めて、「ありがとう。」と。
あれからもうすぐ一年、母はすっかり孫にメロメロのおばあちゃんになった。
私も日々の嬉しいことや不安なことを何でも母に聞いてもらうようになった。
娘との出会いを共に迎えたあの日から、私と母も親子の新しいスタートをきった気がする。