【第7回】
~ 赤ちゃんとの出会い ~
入選
桜並木
千葉県 歯科衛生士 42歳
「妊娠7週です。」待ちに待っていた言葉。
あまりの生理不順に婦人科を受診した25歳の時に「多嚢胞性卵巣」と診断されてから5年。
「結婚決まって、子供が欲しくなったら本格的に治療しましょう。」
という医師に従い、29歳から弱い排卵誘発剤の服用を始めた。早く子供が欲しい気持ちと裏腹に仕事は忙しく睡眠時間の少ない生活。毎月、医師に見せる基礎体温表はめちゃめちゃで1度本気で怒鳴られたことがある。
「あんたねぇ。子供が欲しいなら生活を改めな。こんな睡眠時間じゃあ、妊娠しても流産だ。よく考えなさい。」
会計を待つ間、涙が出た。先生の言うとおりだ。何とかしなきゃ。旦那にも家事を手伝ってもらい、努力した。そんなときの妊娠。あの怖かった先生が目尻を下げて
「よかったね。おめでとう。」
と優しく微笑んでくれた。そして
「いやぁ。でも3人とはねぇ。」と独り言のように言っている。
「何々?3人?誰の話?」「もしかしてお腹の赤ちゃんの人数?」
とたんにパニックになり、ドキドキしてきた。
「2週間後にまた来て。そのときはっきりわかるから。」
「はぁ?三つ子なんですか?」
「たぶんね。大変だけど幸せなことだよ。」
その後の説明は、覚えていない。ただ漠然と嬉しいはずの妊娠にほんの少しの不安。頭の中が整理されていないまま、仕事中の旦那よりも先に母に電話した。
「三つ子みたいなんだ。」
「あら。そうなの。おめでとう。」
何ともそっけない。後で聞いたら、理解不能の状態だったらしい。
人間は、あまり予想外のことだと反応が鈍くなるのだろうか。旦那も旦那の両親もそんなに驚いた様子もなく、心から喜んでくれた。その事で私もほっとして、不安が消えようとしていた。
かねてからの予定通り3月末で退職、4月から千葉で義父母との同居が始まった。
転院した大学病院で初診の日、急に不安なった。妊娠中に起こりうる可能性のあるトラブルや、生活上の注意を聞いた。1人の妊娠とは、かなり違う。今まで心に閉まっていた不安とひどいつわりの辛さが一気に吹きこぼれた。帰りの運転中、涙がどんどん出てきた。しゃくりあげるほど泣いた。このまま帰れない。義父母が何事かと心配するだろう。近くの霊園の駐車場に停めて、さらに泣いて泣いて落ち着くのを待った。
前を見ると桜並木が満開。とてもきれいだ。その桜を見ていたらなぜか不安が少し減った。私がこんなんじゃだめだ。お腹の子供達が不安になる。笑おう。無事に生まれることを考えよう。生まれてからの楽しいことを考えよう。心から思った。
それから出産まで、多くの人達に支えられ、長期絶対安静入院を乗り越えることができた。家族、友達、病院のスタッフ、多胎児の会の会報。感謝してもしたりない。おかげで36週、3人の男の子を無事に出産した。
産後は、目の回る忙しさと体調の悪さで可愛いと思う余裕もなく過ぎていった。
そんな日々が半年続いた頃、実家へ行った帰り、あの桜並木を通った。ふとあの時の記憶が蘇った。不安で泣きじゃくったあの時。笑おうと誓った瞬間。鮮明に思い出した。
今元気な3人とお出かけをしている。1年前と同じ場所に車を停め、チャイルドシートで寝てしまった3人を見たら涙が出た。あの時とは違う声の出ない涙が。そして心から可愛いと思った。
あれからもうすぐ12年になる。私は毎年桜並木を見て心をリセットする。支えてくれた多くの人達を思い出す。私にとって桜並木は感謝のシンボルだ。
子供たちは、もうすぐ私の身長を越えそうだ。