【第6回】
~ 赤ちゃんが教えてくれた喜び ~
入選
いいおかお
【一般部門】 宮城県 主婦 30歳
息子がもうすぐ生後5ヶ月にもなろうという頃。
突然、息子が「スンー」と勢いよく鼻から息を吸い込みながら、思い切り鼻や眉間にしわを寄せて口元を引きつらせた。そして、それを何度か繰り返した。
何か鼻の病気にでもかかったのだろうか?
鼻をくまなく観察したが、鼻水は出ていないし、鼻くそも詰まっていない。朝からすごく元気だし、苦しそうにも見えないんだけどぁ・・・。
育児書を調べてみたものの、そんな症状はどこにも載っていない。お医者に連れて行くべきだろうか・・・?
考えあぐねた末、母に電話をかけて聞いてみた。
「ああ、それは『いいお顔』してるんじゃないの?機嫌が良い時にするんだよ。あんた、そんな事も知らないの?」
母の声はあからさまに呆れた調子だった。その態度に少し苛ついたものの、病院に連れて行ったらそれこそいい笑いものになるところだったのを救ってくれたので、ありがとうと礼を言った。
そして、誰に教えてもらったわけでもないのに、赤ちゃんって不思議だねぇ、と二人で感心した。
初めての子育てで、周りに聞く人も居ないし、育児書をあさって自分なりに頑張っているつもりだったが、たぶん、まだ知らないことは沢山あるのだろうな、と思った。
だって、育児書には『いいお顔』の事なんて載っていないもの。
しかし、息子がする『いいお顔』は、これがいいお顔なの?と首を捻りたくなるような変な顔であった。が、日を増す毎に、鼻や眉間にしわを寄せると共に口元はにっこりと笑うようになり、だんだん可愛いらしく出来るようになっていった。
生活のありとあらゆる場面で、笑顔の合間にとびっきりの『いいお顔』を息子は見せてくれた。
朝起きて「おはよう」と声をかけた時。
お腹をこちょこちょくすぐった時。
離乳食を食べている時。
新しいおむつにはき替えた時。
パパが仕事から帰ってきて抱っこした時。
いないいないばあをした時。
湯船にざぶんとはいった時。
うちわで顔をあおいだ時。
じいじに高い高いをしてもらった時。
ばあばに「犬のおまわりさん」を歌ってもらった時。
スーパーで通りすがりのおばちゃんに話しかけられた時。
立っちが上手に出来た時。
その他にも、いろいろな場面で。
最近では、おっぱいを一口飲んではいいお顔、また一口飲んではいいお顔、という変則技も繰り出すようになった。これは私しか見ることの出来ない『激レアいいお顔』である。夫には少々申し訳ないけれど、まさに母親冥利に尽きるというものだ。
実家に行った時、古いアルバムを見せてもらった。息子とそっくりな顔で、同じように顔中にしわを寄せて『いいお顔』をしている、赤ちゃんだった頃の私の写真が沢山残っていた。色褪せた写真を老眼鏡越しに見ながら、あんたも一生懸命いいお顔してたなあ、と懐かしそうに父と母が語った。
いつから、私はいいお顔をしなくなったの?と母に尋ねてみたが、よく判らないけど、赤ちゃん時代の期間限定の表情なんだろうね、と返事をされた。
はたして、息子はいつまで『いいお顔』を私たちに見せてくれるのだろうか。
朝、「おはよう」と挨拶すると、息子は『いいお顔』で応えてくれる。その屈託のない笑顔を見ていると、昨日どんなに嫌な事があったとしても、それから始まる一日に希望が持てる。
その可愛らしい仕草に、私たち夫婦はどれだけ癒され、どれだけ笑わせられたろう。生きていくために必要な力を、どれだけ息子から貰ったことだろう。
いつかしなくなってしまうだろう『いいお顔』を、なるべく沢山見られるように、これからも家族三人仲良く楽しく暮らしていきたい。