【第6回】
~ 赤ちゃんが教えてくれた喜び ~
入選
不思議なちから
【一般部門】 埼玉県 学生 20歳
私はもともと、赤ちゃんに対してあまり好意的ではありませんでした。
私の赤ちゃんへ対するイメージは、とにかく事あるごとに泣き喚き、人をイライラさせるだけの、言ってしまえば生きた目覚まし時計といった感じでした。それは、私が赤ちゃんを生むことのできない男だからだと、私は思っていました。ですので、この赤ちゃんへ対するる思いは、一生変わることはないと思っていました。
けれども、私は、ある体験を通して、赤ちゃんへ対する苦手意識を180度変えさせられました。その体験がなかったらきっと、今のように、いつかはこの手で、自分の子供を抱いてみたい、と思うことはなかったでしょう。
今から四年前、私が高校生のときのことです。ある日、私の家に一本の電話が入りました。出たのは私ではなく、母でした。母は、その場に居合わせた家族全員が、」思わず目を向けてしまうくらいにひときわ大きな声で、歓声をあげました。
「本当に! 良かったわぁ! うん、見に行く!」
それから、会う日取りを決める内容の会話が続いたあと、母は電話を切りました。
「生まれたんだって! 男の子!」
その短い言葉を聞いただけで、私は合点がいきました。
おば(私の母の姉です)に、三人目の子供が生まれたのです。
私は、それは良かったと思いましたが、それからアレコレ考えていくと、少し憂鬱な気分になりました。
きっと母は、赤ちゃんの顔を見に行く日、私にも来るように言うでしょう。赤ちゃんが苦手な私には、それは少し荷が重かったのです。
そうして私の心配はその通りになり、その電話から一ヶ月ほど経ってから、家族総出でおばの赤ちゃんを見に行くことになったのです。
おばと赤ちゃんはすでに退院し、自宅に戻っていました。彼女の住むマンションの居間のすみにベビーベッドがあり、そこに、まるで大切な宝物のようにおごそかに、赤ちゃんは寝かされていました。退院してからまだ日も浅いというのにおばは元気で、赤ちゃんの顔の上でガラガラを揺すっていました。
それから母とおばは、赤ちゃんについての様々な話(陣痛はどうだったか、体重は、身長は、可愛いね、ご主人に似ているなど)をしたあと、母は当たり前のように言いました。
「抱っこしていい?」
快諾するおば。おばは優しく、ゆっくりと赤ちゃんを抱き上げると、母に渡しました。母は穏やかな笑顔を浮かべながら、赤ちゃんを受け取ります。ヨシヨシ、けっこう重いね、将来はスポーツ選手にでもなりそう、と誰に言うでもなくそう言い、楽しそうに赤ちゃんを揺すっています。そのあと、母は、無言で私の方へ赤ちゃんを持ってきました。私は戸惑いましたが、とっさに両腕を差し出し、赤ちゃんを受け取りました。
ふわっとしているのに、ズッシリと重い。不思議な感覚でした。赤ちゃんはとても楽しそうに、ニコニコと笑い、それを見ていた私も、思わず顔をほころばせてしまいました。赤ちゃんの口元からはヨダレが垂れ、私は無意識のうちにティッシュを取り出し、それを拭いてあげました。すると彼は再びニコニコと微笑み、私の指を握り締めるのです。弱いちからなのに、確かにいのちを感じるその熱さ。
私はそのとき初めて、赤ちゃんに対して愛しさを感じました。
それだけの体験か、と思う方もいらっしゃるでしょう。けれども、その体験が、私を大きく変えました。今では、公園でも電車でも、笑っている赤ちゃんや泣いている赤ちゃんを見ると、同じように胸の辺りが温かくなり、優しい気持ちが湧き上がってきます。
私は思います。赤ちゃんは、大人は絶対に持っていない、不思議な力を持っている、と。