【第6回】
~ 赤ちゃんが教えてくれた喜び ~
大賞
アベレージ
【一般部門】97票 桑原 美幸 北海道 パート 39歳
学生時代には成績も中の上くらい。結婚したのも当時の結婚平均年齢ちょい手前の26歳。私は、人と比べて自分が「平均」もしくは「平均より上」である事に安心感を抱く、人目を気にするタイプの典型だった。それは、妊娠出産を通しても変わる事なく、周囲と比較して自分の立ち位置がアベレージを超えていないと落ち着かない、というコースを辿っていた。
人も羨む順調な妊娠期間を経て、スピード安産で一人娘を出産した後、周囲からの「親孝行でお利口な赤ちゃんね」という声に満足していた。母乳もよく出て娘の体重もぐんぐん増え、一ヶ月検診では、「体重が増えない」「寝ない」「一日中泣いている」と悲鳴をあげる他のママさん達と自分を比較して、ますます気をよくしていた。
私の育児の自信が揺らいだのは、四ヶ月検診の時だった。「寝返りが出来ますか?」という保健婦さんの質問に「はい」と答えられなかったのだ。ここで周囲を見回してみると、ほとんどの赤ちゃん達がくるんくるんと寝返りをしてみせていた。保健婦さんに「身体の大きな赤ちゃんは寝返りやハイハイが遅れる事があるんですよ。この子の成長が特別遅いという事ではありません」と言われても、アベレージを維持する生活に慣れた私には、慰めか憐れみにしか聞こえなかった。七ヶ月検診では「おすわりが出来ますか?」という質問に、滑り込みセーフでクリア出来た娘に安心したのも束の間、今度は九ヶ月検診で「ハイハイが出来ますか?」という質問に対して、また遅れを取ってしまった娘に焦りを覚え、私は頭を抱えてしまった。ママ友からの「ハイハイして部屋中を行ったり来たりするから目が離せないの~」という電話に出る度、「何よ、ウチの子は成長が早いのよって、自慢したいわけ?」と卑屈になっていった。どうしてウチの子は、離乳食はよく食べるし夜泣きもしないし、他の事は全て人より順調なのに、運動面だけは他の子より遅いんだろう、と、そればかり悩むようになってしまった。数ヵ月後に控えた一歳検診でも「歩けますか?」という質問に「いいえ」と答えるであろう自分の姿を想像すると、気持ちが沈んでしまっていた。
そんなある日。九ヶ月検診から二週間が経過した夜のこと。
私が頂き物の缶ジュースを箱から出して、せっせと整理している所をじーっと見つめていた娘が、突然前のめりになったかと思うと、瞳を輝かせ、缶ジュース目掛けてハイハイをして進み始めた。目を疑った。一瞬、「出来るじゃないの! なんで検診の時までにハイハイしてくれなかったのよ」と赤ん坊相手に恨めしさを感じた自分にはっとした。
「ねぇママ、それなぁに?」という顔をして、楽しそうにハイハイしながらこちらに向かってくる娘の姿を見て、私ってなんてバカだったんだろうと思った。育児に限らず、人と比べて自分は勝っているか劣っているかなんて、全然問題じゃないのに、娘にまでそれを押し付けてしまっていたんだなと恥かしくなった。ずいばいではなく、四肢を踏ん張って綺麗なフォームでハイハイをしている娘は、世の中の平均云々よりも、己の機が熟すのを待っていたのかもしれないとさえ思えた。
一歳検診を迎えた日、予測通り娘は歩かなかった。「こんな立派な身体してるのにまだ歩けないの?」と、担当医師に言われても気にならなかった。「まだ歩きたくないんじゃないでしょうか、この子」と、自然に笑い返す事が出来た自分が、とても嬉しかった。
これから先も、検診の為に何かを出来るようにするわけじゃない。自然とこの子のペースで出来るようになっていって、それを楽しいと思う事が大切なのかもしれない。アベレージが何だ。機は必ず訪れる。人目を気にしすぎな頭の固いママの生き方を、少しだけ柔らかいものに変えてくれて、ありがとう。