【第5回】
~ 赤ちゃんと笑顔 ~
入選
笑顔の引力
【一般部門】 岩手県 主婦 33歳
―せっかく生まれてきた息子にもっと楽しい世界を見せよう!
引きこもりたい気持ちを押さえて飛び出した世界に光を当ててくれたのは、長男の笑顔とそれにつられた人々の笑顔でした。まったく、地球の引力より強いものがこの世にあったなんて!
妊娠中に夫の転勤が決まり、出産と同時に勤めを辞めて知らない街に移り住んだのは今から3年前のことです。知り合いが皆無の街での子育ては不安だらけ。引越し初日に財布をすられるというアクシデントにも見舞われた当時の私は日中家にこもりきりで、声が出ること、言葉を忘れていないことを確認するためテレビに相槌を打つ毎日でした。
里帰り中は笑顔で優しく声かけができたのに、それもままなりません。泣けばなんとなくあやし、黙々とおむつを替える、寝ている間はつけっ放しのテレビをぼーっと眺める・・・その繰り返し。仕事の忙しい夫には相談できず、私の表情はだんだん乏しくなっていきました。
そんなある日鏡を見て仰天しました。髪はぼさぼさで口角は下がり、瞳が死んでいる、にわかには信じがたいけど映っているのは確かに自分の顔。
―これが私?息子が一日中見てたのはこんな顔だけ?―
申し訳ないやら恥ずかしいやらで、外に出てみよう、と一大決心をしたのです。
相変わらず見慣れない街に出てみて驚いたのは、すれ違う人が頻繁に声を掛けること。
「うちの孫も同じくらいだぁ、」という年配の方から、
「あ~、赤ちゃんかわいい~!!」と矯声をあげるいまどきの学生まで年代もまちまち。
「お母さん、大変だけど今が一番いいときだよ」
などと励まされた日には目ににじむ涙を隠せない私。
毛布にぐるぐると包まれ、かろうじて顔だけ出している息子は、それに応えるかのように目を大きく開けてじーっと相手を見つめ、にこにこと笑いかけます。
「あら~、ご挨拶してるの?ありがとね~。」
言葉を話せなくても堂々とコミュニケーションをとっている息子。その様子を見て改めて自分が宝物を授かったことに気づき、積極的に笑顔の交流を求めるようになりました。
スーパーのレジなど待ち時間がある場所では前後のお客さんが懸命に息子をあやしてくれます。みんな息子を笑わせようと必死。息子も気持ちを汲み取ってか普段より饒舌な笑顔を見せます。さらに大げさな身ぶりであやすおば様達。それを見て私も店員さんも笑顔。横一列に並んだレジの中で、息子のいるその空間だけが笑いに包まれ温かな光の輪が広がるようです。経験をもとに活きたアドバイスをくれる先輩ママもいました。赤ちゃん連れのお母さんとは「同士」として激励をこめた笑顔を交し合います。
たとえ一期一会の出会いだったとしても、そんな言葉や笑顔は心の栄養となり、街への信頼感と母親である自分に対する自信がいつしか根付いていきました。人がいかに多くの人に助けられているのか、こんなに強く実感したのは初めてでした。
頼りなかった私もいまは二児の母。あの頃より深く刻まれた目尻の笑いじわは母の勲章です。先日転勤があり、思い出深い街を離れましたが、赤ちゃんの笑顔が見知らぬ人に元気を与えること、周囲の笑顔が母親を励ますことに大きな意味を感じて取り組んできた育児支援活動はここでも続けようと思っています。
今悩んでいるお母さんに伝えたい。笑顔に囲まれて育った赤ちゃんはきっと大人になっても笑顔を忘れない。笑顔を忘れない大人が増えればきっと世の中は今より温かくなるはず。そう、笑顔の引力はこの地球に大きな幸せを呼ぶんですよ!!