【第5回】
~ 赤ちゃんと笑顔 ~
佳作
“ヤツ”が来た!
【看護師助産師部門】93票 岩部 光 香川県 看護師 27歳
『生理痛の弱いの』
陣痛の始まりは、まさにそんな感じだった。
予定日を3日ほど過ぎ、周りから“まだかまだか”コールがうるさくなった頃の夜8時。それまでも、不規則な陣痛“もどき”を経験していた私は、また来たな…と思っていた。
本物なんて、もちろん初体験で未知のもの。区別なんてつかないけれど、ただ一つだけはっきりと違ったのは、タイマーのようにキッチリ10分おきに“ヤツ”はやってくるのだ。『すごい!育児書通りだ~』と、それからは時計とにらめっこ。10分置きが4回続いて確信した。
里帰りだった私は、TVを見ながらくつろいでいる両親に伝えた。
「なんか、陣痛が来たみたい」
私よりあわてている母を尻目に、先輩ママが入院前にしておきたかったランキング1位の『シャワー』にさっと入り、用意しておいたバックの中身をチェックして病院と主人に電話をした。これからの戦いに備えてお茶や食料を買い込み、夜中に入院となった。
不安と期待で心臓がドキドキ言っている。それは、健康だけが取り柄の私が初めて知る患者さんの気持ちだった。もともと生理痛がひどい私は、『これくらいなら全然平気。陣痛なんて思ったより大丈夫』などと余裕をみせていた。しかししかし…噂通り“ヤツ”は私にも容赦はしなかった。
よく『鼻からスイカを出す』などと表現されるが、実際はそういう局所的なものではない。お腹の前側は全然痛くないのに、腰が死ぬほど痛いのだ。あえて言うなら、腰骨をドンキで粉々にされているような痛みだ。付き添ってくれている母は懸命に腰をさすってくれ、あまりの気持ちよさに『ゴールドハンド』と名付けた。やはり、同じ痛みを経験しているからこそこんなに上手なんだと思った。夫や出産していない人ではできない介助だ。それでも時間とともにビッグウェーブは長く・強く・頻繁になり、最後の方などは『砕ける~!』と叫んだくらいだった。もう、『痛い』と言うのもだるい。
お腹についたモニターがナースステーションに情報を飛ばして、私の状況を助産師さんに伝えている。なのでほとんど診に来てくれないのは、疑う余地もなく『まだまだ』という事なのだ。こんなに痛いのに…と理性が飛びそうななか助産師さんを待ちかねる私は、ナースコールを押される側の気持ちも分かってしまうという板挟み状態だった。こんな時くらいいい人ぶらなくてもいいのに、変なところで見栄を張る。
「だいぶ降りてきたからね。」
最初の陣痛を感じて19時間。ゴールの見えない苦しみにぐったりしていた私は、ようやく足を開かせてもらえた。
『もう終わる』
正直、赤ちゃんに会える喜びより、この痛みから解放される安堵感に包まれた。そして、私は無事に元気な女の子を出産することができた。裸んぼで私の胸に乗られたその小さな命は、本当に柔らかくて、手足がちょっぴり冷たくて、何ともいえない優しい香りがした。涙が後から後からあふれ出して、その感動はどんな言葉を使っても言い表せないものだった。
陣痛の痛みは、赤ちゃんの可愛さが3日で忘れさせてしまい、だからこそ女性は何人も産むことができるのだと聞いた。生まれてきた我が子は本当に可愛くて、何をおいても守ってあげたいという幸せに包まれた。
しかし、痛いものは痛い。私はなぜか今でも鮮明に覚えている。そして子供を産んで何より感じたのは、出産を乗り越えて母になった女性は、本当に『素晴らしい』ということだ。色々な意味で、強く・美しく・素敵だと思う。かけがえのない命を産むということ、そして“ヤツ”と勝負することができるということは、女性の最高の特権なのかもしれない。私は心からそう思った。