【第4回】
~ はじめての沐浴 ~
入選
お母さんの誇り
【一般部門】 東京都 主婦 32歳
初めての沐浴の感想は、正直に言ってただ二つにつきた。感動とはまるで無縁の「お、重い!」「沈む、沈む、沈んじゃう!」である。里帰り出産だった私が初めて息子を一人でお風呂に入れたのは生後20日目。それまで母に甘えていた私も、そろそろ自宅に戻る準備をしなければならず、とうとう自分一人でお風呂に入れてみることにしたのだった。「大丈夫?」と心配げな母に「何とかなるでしょ」とお気楽に答えていた私だったが、とんでもない話だった。息子をベビーバスに入れ、左手だけで頭を支えた瞬間、「お、重い! 沈む、沈む、沈んじゃう!」思わず叫んでしまった。重さに耐えるので精一杯なのに、息子はじっとしていてはくれない。「頼むから動かないで!」とお願いする私の言葉など聞くわけもない。母が脇でわめいている。
「耳、耳に水が入る! 手で抑えて!」
そんなこと言われても、指が両方の耳に届かない。
「じゃあ、栓をぬいて。とにかくお湯を低くして!」
慌てて栓をぬいて、息子の体が底につくまでお湯を低くした。始めに顔をガーゼで拭いて、次にせっけんを泡立て髪の毛を洗って、首、腕、胸と順に洗っていき、おちんちんも丁寧に洗ってあげて・・・という手順など頭からとんでしまっていた。ましてや、ひっくり返して背中を洗ってあげる等という芸当はできる筈もなく、ほうほうの体で切り上げることとなってしまったのである。唯一助かったのは、息子はお風呂が好きなようで泣き出さないでいてくれたことか。季節は6月。暑い時期であることに感謝しつつ、次の日からはお湯を低くして、沐浴にチャレンジすることとなった。
そして迎えた一ケ月検診。
「こことここに垢が溜まっていますね。気を付けて洗ってください」
と言われ、指し示された首と脇の下を見ると、白い垢がべっとり。
うわっ! 汚い! と思ってしまったが、他ならぬ自分のせいである。息子に対して失礼と言うものであろう。自宅に戻ってからは、実家から出てきた母に「この子、くさい。ちゃんと洗ってあげているの?」と言われたこともあったが、母は強しである。いつの間にかたっぷりお湯をはっても、息子がどんなに暴れても沈めることはなくなり、垢がたまることも、くさいと言われることもなくなった。
そんなある日、ふと鏡を見た私は仰天した。
えっ、こんなに腕太かったっけ? えーっ!
たくましくむちむちした腕に視線がくぎ付けになる。ついで、お腹に。授乳期のため、かろうじて胸の方が出ているものの、かなりせり出している。これ以上垂れるわけがないと思っていたお尻までもが以前よりも更に垂れていた。つい一年前までは華奢だと言われていた筈の姿はどこにもない。それはそうだろうな。子育ては体力勝負。にわか雨に降られた時などは、5キロの息子を片手に抱き、もう片方の手で5キロのベビーカーをひっつかみ、サンダルで駆け戻ってきた時もあったし。
子供のいない友達が遊びに来てくれる度に、そのおしゃれな容姿や女らしいほっそりとした腕と、自分の゜ュ落っ気のない姿や妙に頼もしくたくましい腕を見比べて思わずため息をつくこともある。
でも、息子よ、大きくなっても「くそばばぁ」「デブ」などとは言わないでね。妊娠、出産を経て増えたまま戻らない体重も、せり出したお腹も、これからもたくましくなり続けるであろう腕も、あなたを産んで育てた証、お母さんの誇りだと思うのだから。いつか話してみよう。お母さんは昔、たった3キロの貴方をベビーバスで沈めそうになる位か弱かったのよ、と。