【第4回】
~ はじめての沐浴 ~
入選
物じゃないのよ!
【一般部門】 長野県 主婦 36歳
「赤ちゃんは物じゃないんだから、だめよ・・・」。
看護師さんに指導を受けながらの沐浴で、ベビーバスからすくい上げた息子をバスタオルの上に上げる前に、水滴を振り払うようにチャッチャと体を少し上下させてしまった。「ああ、すみません」と笑いながらごまかしたものの胸にぐっときた。初めての沐浴、初めての母としての仕事で、意識せずに自然にやってしまった自分の行動は「母失格」の烙印を押されたような気持ちになった。私にはそう思ってしまうだけの訳があった。
鳩胸にしっかりした骨盤、丸い顔、安産型といわれるスタイルからか、子供の頃から「肝っ玉子だくさん母さん」になりそうだとよく言われた。現実は35歳バツイチ。頭の中は「女が1人で生きていくにはどうすれば」ということでいっぱいで、仕事に生き甲斐を見いだそうと必死の毎日だった。好きなお酒を毎晩飲み、夜遅くまで仕事、休日も仕事。睡眠不足で栄養も偏り、ストレスから精神安定剤を飲んでいたせいで生理が止まっていると思っていた。体調が悪く行政のガン検診を受けたときに妊娠がわかったのだ。すでに7カ月。驚きのあまり、診察台から立ち上がれなかった。
ぎりぎりまで仕事、何より、自分の気持ちの切り替え、人生の急旋回にあわただしい日々だった。何しろ相手は自分の親とたいして変わらない年齢の人で結婚など考えていなかった。しかも高齢初産で妊娠中の状況がひどいものだったから無事に出産できるのか、健康な赤ちゃんなのか、今後の生活はどうするのか、どんなことがあろうとママで頑張ろうと覚悟を決めると同時に不安で押しつぶされそうな日々でもあった。母親学級に参加できる妊娠月数もとっくにすぎていて、沐浴実習もできなかった。
人間ってすごい!!!こんなにいい加減だった私なのに元気な赤ちゃんと出会えた。表現しようのないあふれでる温かな気持ち。「よぉ~し、妊娠中7カ月ほおっておいた分、頑張るぞ~!」と気合い十分で臨んだ沐浴だったのだ。「物じゃない・・・」と言われたとき、看護師さんにも我が子にも自分のだめさが見透かされているような気分だった。それでも湯上がりの気持ちよさそうな赤らんだ我が子の顔は「落ち込んでなんていられない。人より遅れているけど少しずつママになれるように頑張ろう」と思わせてくれた。
今息子は9カ月。お風呂は毎日主人がいれてくれて、私はママになって数回しかいれたことがない。年が離れている主人が入浴中に歌う歌や話す童話がとっても古くさいのだけど、丁寧に楽しそうにはいってくれているので黙っていることにした。結婚に反対されていた実家にも里帰りできるようになった。ばあばはさすが先輩、慣れた手つきでお風呂にいれてくれる。社宅で共同風呂だったとか、姉をタイルの上に落として病院に駆け込んだなど知らなかったばあばの子育て奮戦記に話しが弾む。
独身時代、疲れてそのまま寝てしまい、朝にシャワーを浴びるだけだったりしたけど、子を持ってあらためて日々の生活のひとつひとつが大切なことだと思うようになった。入浴して清潔になるだけでなく心もリラックスして1日の疲れを洗い流すこと。ゆっくり食事をすること、やすらかな睡眠、楽しい会話。当たり前のことが当たり前にできる日常の幸せ。今、それに気が付いた。我が息子に気が付かされたというほうが正確かな。そういう場を壊さないように生活を大事にしていきたいと思う。
といっても何分自覚のないママはまだまだママとはいえそうにない。でも赤ちゃんのいる生活は楽しい。