【第4回】
~ はじめての沐浴 ~
特別賞
代々受け継がれるもの
【一般部門】 中原 誓 千葉県 主婦 30歳
蒸し暑い夏の夜、私の身体の中に小さなひとつの命が宿っていることを知った。この時ほんの何ミリかだった私たちの赤ちゃんは今では手足をバタバタさせて周囲の人達に愛嬌を振りまいている。5ヶ月になる息子・弘貴(コウキ)は3月12日午後無事にこの世に産まれてきた。出産は言葉にならないほどの痛みで、世の母親たちはこんな思いをしてきたのか!と尊敬すると同時に、私もその仲間になったんだと改めて感動をかみしめた。でも、母親というものは感動に浸っている暇は無い。これからこの子にたっぷりの愛情を注ぎそして昼夜問わずお世話をしなければならないのだ!さぁ、育児のスタートだ!と意気込むものの、やはり産後の身体は思うようにならない。こんなときは実家にかぎる。ありがたやー。ということでお約束の里帰り。家族は小さなお猿さんのような弘貴を見て、口がだんな似だの、目は私似だの、あーだこーだ好き勝手なことを言っている。しまいには私や姉のアルバム、はたまた姪や甥のアルバムまで取り出してみんなで大討論会。どこの家族も新しい家族がやってくるとこんな感じなんだろうなぁと、半ばあきれながらも長い間家族と離れ離れに暮らし、会話も殆ど無かった私にはこの当たり前の会話がなんとも言えぬここちの良いものだった。そしてアルバム鑑賞の次は誰がお風呂に入れるか?の討論。姪や甥が一緒に入りたい!と叫ぶ中、私の母は冷静に「もちろん私」というように沐浴準備を進めていた。母は7年ぶりの沐浴に少しぎこちなさを感じながらも嬉しい仕事が増えた喜びを噛みしめていたようだった。それを見ていた主人は「お風呂はパパの仕事」と言わんばかりに次は俺の番だぞとしゃしゃり出ていた。そんな主人に私は沐浴の手順をこと細かく教えた。次の日主人は仕事が終わると猛ダッシュで実家に帰宅してきた。腕まくりをし、早く早くとまるで子供のようにせがんだ。私はベビーバスにお湯を張り弘貴の服を脱がせた。主人に抱きかかえられた弘貴は大あくびをしながら何が始まるかなんて知ったこっちゃ無い様子。その大きくてしっかりとした腕からは想像もつかないほど主人の顔は緊張気味。生まれて初めて赤ちゃんをお風呂に入れる、ましてや自分の子供。その表情からお湯の中に落としやしないだろうかなんてことを考えているんだろうな、とすぐにわかった。まだ生まれて間もないその身体に、やさしくお湯をかけながら弘貴に向かって話しかけている。今まで見たことのない表情をしていた。それからというもの、仕事が早く終わった日は弘貴をお風呂に入れるのが日課になった。あくる日、北海道から主人の両親がこれで3人目となる孫に会いに上京してきた。はるばる北海道から仕事の合間をぬって来てくれた。すでにこちらから何枚か弘貴の写真を送っていたが、玄関先で再会を喜ぶや否や「写真を持ってきたぞ!!」と義理の父。「?」何で弘貴の写真をわざわざ持ってきたのだろうと不思議に思ったが、手渡された写真を見るとそれは少し色褪せた30年前の沐浴の写真だった。今の主人と瓜二つの若かりし義理の父が、弘貴と瓜二つの赤ちゃんを沐浴している姿だった。紛れも無くそれは主人が赤ちゃんの時の写真だった。家族中その写真をみて感激の嵐。こんなにも似ているなんてと大笑い。瓜二つが二つで「瓜四つ!」。人をびっくりさせるのが好きな父の気の利いた手土産だった。そして私たちはこの世に新しい生命を誕生させるという大きなプレゼントをすることが出来た。弘貴の沐浴姿を写真に残して次の世代に生まれてくる私たちの孫にぜひともこの古い写真と伴に見せてあげたいと思った。きっと孫の姿も弘貴にそっくりなんだと想像しながら・・