【第4回】
~ はじめての沐浴 ~
準優秀賞
はじめまして赤ちゃん
【看護師助産師部門】99票 長谷川知子 群馬県 助産師 33歳
私は助産師学生になるまで、生まれたばかりの赤ちゃんを見たことはありませんでした。小さくてか弱くて何もできない存在に見えますが、実はそうではなく赤ちゃんはすごい能力を持ち、サバイバル術をしっかり身につけて生まれてくることを、お産を学ぶ中で知りました。
新しい生へのエネルギーを陣痛として起こし、自分とお母さんのために陣痛の強さ・間隔さえコントロールします。そして、自分とお母さんの負担を少しでも軽くするように、骨盤の広いところを探して体を回旋させて産道をくぐり抜けてきます。胎内というパラダイスから壮絶な旅を体験して、赤ちゃんはこの世に生を受けます。そしてついに何ヶ月も待ちこがれていた瞬間を迎えます。
ほとばしる力、祝福された誕生の一瞬。美しい響きをもった泣き声とともに赤ちゃんの体がどんどん赤くなっていきます。へその緒が切られた瞬間、赤ちゃんはひとりでこの世に存在するようになります。赤ちゃんにとってこれほど大きく世界が変化する不安なときに、お母さんは自然に赤ちゃんを優しく抱っこして、ほおにキスしたり、まだぬれている小さな頭をなでたりして安心させています。お母さんに抱っこされている間は、赤ちゃんは安心してあまり泣きません。
お母さんとの対面の後、はじめてのお風呂です。私に抱かれると赤ちゃんは泣き始め、体をかたくさせます。大きな泣き声と動きに内心あせりつつ、落とさないようにとこちらも肩に力が入ってしまいます。恐くないよ、大丈夫だよなどと自分も落ち着かせるように声をかけます。赤ちゃんの皮膚を守る胎脂を無理に落とさないようにしながら、体に付いた血液を丁寧に流します。お湯に静かに体を沈めて少しすると、赤ちゃんは胎内の安心感を思い出すのか、泣き止みます。体にタオルを巻くとますます安心した様子です。
お母さんと離れて不安なんだね。眩しいんだね。疲れたんだね。本当によく頑張って元気に生まれてきてくれたね。さあ、またお母さんの胸へ戻ろうね。そして落ち着いておっぱいを吸ってみようね。
生まれたばかりでも赤ちゃんはお母さんのおっぱいを探して吸いつくことができます。おなかの中で指を吸って練習してきたわけですが、初めての体験なのにちゃんとおっぱいに吸いつくからすごい。小さな口でお母さんのおっぱいにカプッと吸いつくのを見て、お母さんも赤ちゃんの生命力の強さを感じます。
出生後1~2時間くらいは、赤ちゃんは目をはっきり覚ましてかなり神経を働かせています。お母さんと目をしっかり合わせてお母さんの声をよく聞いています。女性としての大事業であるお産を成し遂げたあとの何とも嬉しいふれあいと安らぎのひとときです。お母さんの腕の中にいる安心感、あたたかさ、おいしいおっぱい、お母さんのにおい・心臓の鼓動は、みんな赤ちゃんの体のすみずみに行きわたり、何ものにもかえがたい栄養となって、精神的な発達を促してくれます。おっぱいは、お母さんを頼りにして生きている赤ちゃんとのへその緒に代わる新しい絆のようです。赤ちゃんはおっぱいに吸いつきながら、この世が信頼できる世界であり、お母さんが自分の味方なのだという感覚を持っているようでした。
出産を通して、生命の神秘・素晴らしさ・尊さ、家族の絆を改めて実感します。