【第3回】
~ 赤ちゃんのいる風景 ~
入選
予定外のこと
【一般部門】 女性 32歳
家族3人にとって初めて新年を迎えた場所は、お風呂場でした。
娘のあーちゃんが生まれたのは年末差し迫る12月19日。
退院後間もなく訪れた大晦日は、妊娠中からずっと待ちわびていた日でした。3人がテレビの前にそろって除夜の鐘を聞き、「あけましておめでとうございます」と新年の言葉を交わすのです。がしかし、夜7時をまわった頃、強烈な睡魔に襲われてしまった…。しかたなく仮眠をとることにした私は、年末番組を見ていた主人にお願いしました。
「30分後に起こしてね。起きたらすぐにあーちゃんをお風呂に入れて新年を迎えるから。絶対よ」「うん、いいよ。ゆっくりお眠り」
彼のやさしい声に安心してそのまま布団に横になったのでした。
「はっ!今、何時!?」
目が覚めて時計を見ると、なんと夜11時30分を過ぎていた!こんな時に限って、あーちゃんは起きることなくぐっすりと眠っている。パパは相変わらず年末番組で盛り上がっている。
「ぎゃーーっ!」
急いで飛び起きてお風呂場へ。しかし、ベビーバスにお湯をはり終わった頃、時計は11時50分。どんなに頑張っても間に合わない。
「ひどいよー!3人でお茶飲みながら新年迎えたかったんだよー!」
あーちゃんの肌にお湯をかけながら主人にひたすら文句、文句の嵐。
「ごめん。あまりに気持ち良さそうだったから起こせなくて」と彼。
「うそばっかり!テレビに夢中になって忘れてたんでしょうが!」
「うそじゃないよ!ちゃんと起こしに行ったよ!」
泡だらけで気持ち良さそうにうっとりしているあーちゃんを真ん中に、ふたりの声は大きくなる一方。まさに「カーン!」と試合開始のゴングが鳴ろうとしたその瞬間、ハプニングは起こったのです。
「あっ!ヘソの緒がとれた!」
たいてい産後1週間で取れると言われてたヘソの緒が、あーちゃんはおヘソにしっかりくっついたまま退院しました。小さなシッポのようにお腹からちょろんと飛び出したヘソの緒ははかな気で、とにかく心配でした。もし何かの拍子で取れてばい菌がおヘソの中に入ってしまっては大変。日中はヘソの緒をガーゼで丁寧に包み込み、テープでお腹に固定させ、入浴後には専用の消毒液をおヘソの奥の方まで塗り込んでいたのでした。大事に、大事に守ってきました。そのヘソの緒が取れたのです。
突然のことにふたりとも大騒ぎ。おヘソに異変がないか確かめたり、奥の方をきれいに洗ったり、「わー!」「きゃー!」と慌てふためいているその時でした。突然、あーちゃんが「ふぅー」とため息をついたのです。相変わらず全身脱力状態でお湯にぷかぷか浮いてるあーちゃんの、そのぽーっとした表情を見て、ふたり顔を見合わせて「ぷーっ!」と吹き出してしまった。あとは大笑い。「あはははは!」大きなふたりの笑い声にいつしかこんな音が重なった。
ボーンッ!ボーンッ!ボーンッ!……etc.
お気に入りの古いボンボン時計が新年の訪れを告げたのです。
「明けましておめでとうございます!!!」
ふたりして満面の笑みであーちゃんに話しかけました。これが3人家族になって初めて迎えた新年でした。
主人はスケジュール帳に分刻みの予定をびっちり書き込むような人。私は小学生の時から夏休みの宿題を7月中に済ませておくタチでした。これまでは予定通り事が運ばないと済まないような、随分とせっかちな生活。あの出来事は、そんなふたりに「家族と過ごす時くらいもっとのんびりいこうよ」とあーちゃんが語りかけてくれたようでした。
以来、家庭に関しては「予定はあってないようなもの」がモットー。主人もスケジュール帳をのぞく回数が減りました。それでも時々、思うようにいかなくてイライラする時には、あの幸せに満ちたお風呂場の光景を思い出すようにしています。「ぷっ」と吹き出した瞬間、笑いに変わるのです。