持田ヘルスケア株式会社

スキナベーブ エッセイコンテスト

【第3回】
~ 赤ちゃんのいる風景 ~

入選

カンガルーになりたい

【一般部門】 女性  43歳

さっきまでおっぱいをくわえてくちゅくちゅ動いていた口が動かなくなった。もう寝たかな、と思ってそーっとおっぱいを離す。そのとたん、また口を動かし始める。しばらくすると完全におっぱいから口が離れたので、今度こそ大丈夫だと思ってそーっと布団に置く。とたんに、目を覚まして泣く。
あーあ、また失敗した。赤ちゃんって、おっぱいをあげて、オムツを替えていれば、あとは寝てるんじゃなかったの?私は半分キレ気味になって、また息子を抱く。身体を左右にゆすりながら、息子が寝つくのをひたすら待つ。やっと本当に寝ついて、布団の上で眠ってくれた頃には、私もくたくただ。起きている時間の半分ぐらいは、息子を寝かすために抱いていたような気がする。
ほしくてほしくてたまらなかった赤ちゃんが、結婚4年目にやっとできた。軽いアトピーがあって、食事にはちょっと気を使ったけれど、ほかにはたいした病気もせず、いつも機嫌よくニコニコしている。よく食べ、よく動き、よく眠る。ただし、最後の「よく眠る」は、抱っこしていれば、という条件つきだった。
泣けば抱いてもらえる。いわゆる抱き癖がついてしまったのだから、泣いてもだっこしなければいいのだ。そう思って、眠くなってぐずる息子を、そのまま布団に寝かせたことがあった。息子は1時間半泣き続けて、泣き疲れて眠った。
涙でくしゃくしゃの息子の顔を見ながら、いったい私は何をしてるんだろうと思っていた。あんなにほしかった赤ちゃんなのに、やっと生まれてきてくれたのに。それから私は腹をくくった。こうなりゃとことんつきあおうじゃないの!もういやだって言うまで、だっこするからね!!
おんぶができるようになってからは、ひたすらおんぶしていた。おんぶしていれば、家事もできるし、本も読める。しかし、寝ついた息子をおんぶひもからはずしてそーっと布団におろすには、さらに高度なテクニックが必要だ。私はさまざまな試行錯誤をへて、こんな方法を考え出した。
まず、息子をおんぶしたまま、布団の上にうつぶせになる。体の向きが変わっても、おんぶされたままだと思い込ませることが重要だ。息子が目を覚まさないことを確認してから、おんぶひものバックルをはずす。それから少しずつ、少しずつ体をずらして、息子を布団に着地させる。おんぶひもを息子からはずす時に目を覚ますこともあるので、そのまま寝かせることもあった。当時のアルバムには、やっと布団におろせたことに感動して私が撮った、おんぶひもにくるまったまま眠る息子の写真がある。
息子をおんぶしたまま布団にうつぶせになって、私も寝てしまったこともある。熱を出した夜は、何度寝かせても起きて泣くので、息子をお腹にのせたまま横になったこともあった。カンガルーのお母さんのようにお腹に袋があれば、どんなに楽だろうと思っていた。
息子は今9歳。さすがに今は「おやすみ」と言ってひとりで寝るし、夜中に起きることもない。それでも、ひとりで寝るのはあまり好きではないらしく、時には「お母さん、まだ何かすることあるの?」と聞いて、一緒に寝させようとする。私は、台所のかたずけもまだだし、見たいテレビもあるし、と思いながら、「じゃあ、ちょっと寝ようかな」と布団に入る。寝息が聞こえてきたので、そって起き上がる。赤ちゃんの時の面影が色濃く残る寝顔を見ていると、いつまでこうしていればいいんだろうと暗澹たる気持で息子を抱いていた夜が、なつかしく思えてくる。今ふりかえってみれば、あっというまだった。赤ちゃんだった時期を、もっと楽しんでおけばよかった、と。

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