【第3回】
~ 赤ちゃんのいる風景 ~
入選
甥が生まれた日
【一般部門】 女性 18歳
姉が結婚して暫く経ったある日、私は夢を見た。その夢は可愛い小さな男の子が遊びに来るというものだった。とてもはっきりとした夢だったので私は姉に男の子ができたのだと思った。そしてそれから暫くして姉から一緒に病院へ行ってほしいと電話があり、一気に思いが確信へと変わった。病院でいくつかの検査をされ、ついに妊娠が判明した。その時私はただ単純に嬉しかった。
細身の姉でも5カ月目頃にはお腹が少し目立つようになり、それに従って次第に母親らしくなっていった。しかし私は姉とお腹の中の赤ちゃんの成長を嬉しく思う一方、心の底でどこか寂しさを感じていた。姉と私は9歳年が離れている。姉は私をとても可愛がってくれた。私が赤ちゃんの時にはオムツやミルクの世話などをしてくれ、保育園に通うようになってからは学校帰りに迎えに来てくれた事もあった。最近では年齢差を感じる事も少なく、友達同士のように付き合っていた。だがそれは姉が結婚してからは殆ど無くなった。近くなったと思っていた年の差は、それ以上に遠くなってしまった。私は高校生の15歳、世間ではまだまだ子供で当然結婚も許されない年だ。ここに来て9年の差の大きさに初めて気付かされた。ましてや姉は母親になる。そうすれば私の事は相手にしてくれなくなるのではないかと思った。思えば私の行く所にはいつも姉がいた。人見知りの激しい私は一人で買物に行くのが特に苦手でいつも姉が一緒だった。いつの間にか私は姉が一緒にいてくれないと何も出来ない人間になっていた。事実、姉が結婚してからというもの私の出掛ける回数はかなり減った。姉への依存に気が付くと私は自己嫌悪に陥った。そして悩んでいる間に予定日から2日が過ぎていた。お医者さんからはまだ生まれそうに無いと言われた。しかし次の日の早朝電話がかかって来た。母に聞くと姉が夜中に破水して入院したのだと言われた。何も知らない私は危ないのではと心配になり、父に留守を頼み母と急いで病院へ行った。姉は今日中に生まれる人だけが入る部屋にいた。私は思っていたより元気そうなので安心した。母もいつもと変わらない様子に安心したらしく、顔だけ出して来ると会社へ行った。最初は普通に話しをしていた姉だったが、お昼に子宮口を開くための薬を飲まされ次第に苦しそうになっていった。摩ればいいと思いやってみると余計に気持ちが悪いと言われ、姉が苦しんでいるのにどうすればいいのか判らず、何もしてあげる事が出来ない私は泣き出しそうになった。そこへ母が戻って来た。母が力強く摩ると姉は大分落ち着いた。私の摩り方は形だけで、力が全く入っていなかったので効果が無かったのだと判った。今度は全身に力を入れてもう一度やってみた。最初は不安そうだった姉もありがとうと言ってくれた。しかし全身に力を入れて摩るのは大変な事だった。いつ終わるとも判らないこれは忍耐力の無い私には辛く、すぐに投げ出しそうになった。でもそれは出来なかった。なぜなら姉の方が私よりもずっと辛いはずだからだ。次第に周りからも悲鳴のような声が聞こえ、姉もさらに苦しみだした。私はそんな姉をいつもとは逆に励まし摩り続けた。そしてようやく姉が分娩室へ連れて行かれた。時計は夜の9時になっていた。母と私は待合室へ行った。私たち以外誰もいないその部屋は暗く沈んでいたが、私の心からは不思議とここ数ヶ月の不安が消えていた。そして甥が生まれた。看護婦さんに抱かれたその子は私を見て挙げていた手を少し振った。まるで「やっと生まれたよ。」と言うように。その後も姉の私への態度は変わらなかった。変わったのは私の方だった。あれほど嫌いだった買物も姉に頼まれ、気付くと一人で病院の売店へ行っていた。
8月23日は、甥が生まれたと同時に私が少し大人になれた記念の日。