【第3回】
~ 赤ちゃんのいる風景 ~
入選
寝相DNA
【一般部門】 女性 24歳
子どもの頃から寝相が悪い夫と私。真夜中の新婚ベッドでは、夢見る2人の静かな戦いが繰り広げられていた。
「いたっ!」
寝返りをうった夫の手が、私の顔面を襲う。
「あう!」
今度は、私が夫を蹴飛ばしたらしい。
「ごめん・・・。」
そんな2人のところに赤ちゃんがやってきたのは、結婚後まもなくのことだった。
「寝ている間におなか蹴ったらどうしよう・・・。」
仕事から帰宅した夫が、パパになる喜びを噛み締めた後でぽつりと言った。もちろん寝返りのついでに蹴る程度だから、無茶苦茶痛くはないし、赤ちゃんに影響することはないのかもしれない。それでも心配性の私たち夫婦は、その日からベッドの端と端に分かれ、背中合わせで眠ることにした。
おなかが随分目立つようになった頃、いよいよ赤ちゃんを迎える準備を始めた。お店に並んだ肌着、ベビー服、帽子に靴下はどれもびっくりするほど小さくてかわいい。あれもこれもすぐ手にとってじっくり吟味したくなる。でも、私たち寝相悪夫婦は真っ先に寝具売り場へ急いだ。
「ベビーベッドください!」
だが、これが間違いだった。赤ちゃんを独りで寝かせれば安心だと思ったのに、神様は私たちのところに、独りで寝るのが大嫌いな赤ちゃん、透哉を授けられたのだ。理由はよく分からない。生まれたのが冬だったから、寒くて体が温まらなかったのか、淋しいという感情が既にあったのか、とにかく添い寝しないと寝てくれなかった。『知らない間に、顔に布団をかぶせてしまったらどうしよう・・・。踏み潰してしまったらどうしよう・・・。』不安でたまらない私に母が笑って言った。
「母親だったら大丈夫!一緒に寝てあげなさい。」
最初の何時間かは、5分もしないうちに目が覚めた。時計の針が止まってしまったかのように時間が経つのが遅い。小さな鼻に耳を近づけて、息をしているかを確認してはホッとした。パパも頑張っていた。私が妊婦の時よりもずっと向こうで、ずっと小さくなって眠っている。寝ては起き、起きては寝る。3時間毎の授乳をはさんで、何度これを繰り返しただろう・・・。気が付いたら朝だった。頭は半分寝ているが、体がどこかおかしい。生まれて初めての体験だ。右腕がビリビリして指先に力が入らない。どうやら一晩中透哉の方を向いたまま、寝返りもせずに寝ていたようなのだ。
「パパ!私すごく寝相いいかも!」
思わず叫んだ私に、相変わらず小さくなって寝ていた夫が親指を立てた。
早いもので、あれから7ヶ月。ベビーベッドは、時々安全サークルとして使うくらいでほとんど新品のままだ。ベッドの主である透哉はと言うと、寝返りもハイハイもお手の物にして縦横無尽に動き回り、夜中には、私たちに手で足で攻撃する。はぁ・・・。どうやら私たちの寝相DNAは確実に彼に伝達されているらしい。でも、心配はしていない。私たちの孫の顔を見られる時、きっと透哉もベッドの端で小さくなって眠るだろうから。