持田ヘルスケア株式会社

スキナベーブ エッセイコンテスト

【第3回】
~ 赤ちゃんのいる風景 ~

入選

ツバメの来る頃

【一般部門】 女性  35歳

「ツバメが来る家は幸せな家の証拠やでぇ。」
桜の季節が終わり、山の木々の若葉が芽吹く頃、軒先を見上げて実家の父が決まって言う言葉です。
不思議なことにその言葉通り私の実家には毎年初夏になるとツバメがやってきて、ただ一度ツバメが来なかったのは、大好きだった祖母が亡くなったその年のみでした。
そういった訳で、幼い頃から小さな幸せの使者を楽しみにしていて、4月に入ると空を見上げながら今日か今日かと待ったものでした。
さて今年の4月、父は例年とは違う思いでツバメを待っていました。
というのも、東京に嫁いで6年めの私が、30半ばにして始めての出産のために3月から里帰りをしていたからです。「私の出産の無事」と「ツバメの巣づくり」が重なって思えたのでしょう、父はツバメが巣を作りやすいようにと、軒先に巣の台をこしらえたりしておりました。
その甲斐もあってか、今年も待望のツバメが軒先に巣づくりを始めてくれて、その2週間後の4月末、私も無事男の子を出産したのでした。
こうして念願の子育て生活は始まったのですが、育児は思いのほか大変なことばかりでした。
産前は「20歳代は20歳代の、35歳は35歳ならではの子育てがあるはず。私らしく余裕を持って子育てをするよ!」と豪語していた私でしたが、余裕を持つどころかてんやわんやの毎日です。
ゲップが出ない、変えたばかりのオムツにまたウンチ、そのうちに息子もグズグズ・・マニュアルどおりにいかない子育てに睡眠不足も手伝って、楽しみだったはずの子育てがノルマのように感じられてきました。
そんな私を見かねた母が、沐浴を手伝ってくれたり私の好物を作ってくれたりするのですが、なぜかそれにもイライラしてしまい「風呂の湯の温度が高すぎる!」だの「こんな脂っこいものはおっぱいが詰まる!」だの文句ばかり言っては自己嫌悪に陥ることもしばしばでした。
そんな5月のある晴れた日の事です。
父が「今日はお父ちゃんが赤ちゃんを見てあげるからおまえは少し眠りなさい」と赤ちゃんを抱いて外へ連れ出したのです。
眠れといわれても子供が気になりおちおち寝てもいられません。
「もう!あまり赤ちゃんを日に当てないでよっ。日焼けするといけないんだから!」とまたまた文句をいいながら父の後を追いかけると、父はのんびり縁側に腰掛け、ツバメの巣を見ながら赤ちゃんに話しをしていました。
「ほら、ヒナがかえったでぇ。ママツバメが餌を捕りにいっとるやろぉ。人間もツバメも子を思う気持ちは一緒やなぁ。」
ふと見上げると、いつの間にかツバメの卵がかえり小さなヒナのくちばしが見えます。
空には忙しそうに行き来する親ツバメの姿がありました。
久しぶりに外に出た私には、5月の澄んだ青空がとても眩しく見え、「そういえば暫く外の空気を吸ったり空を眺めるゆとりも無かったな。」と、余裕を無くしていた自分に気付いた瞬間でした。
思えば数年前、遠くに嫁ぐと決まった私に「淋しくなるな」といいながらも笑顔で嫁に出してくれた父。
なかなか子供が出来ない私を励まし、妊娠がわかったとき一緒に泣いてくれた母。
ツバメの巣づくりに出産の無事を願かけて、応援してくれた両親の気持ちに気付かず、大人げない自分が恥ずかしくなりました。
どうやら親ツバメに甘えていたヒナは35歳の私だったようです。
6月に入るといろいろな経験をした里帰りも終わり、私にもママとしての巣立ちの時がやってきました。
「もうこんな長期間の里帰りもすることは無い。東京に戻っても一人前のママとしてやっていけるだろうか。」と思うと心細くなります。
しかし巣立ったツバメは、また来年も遥か遠くの国から同じ家の軒先に戻ってくるといいます。
東京でママとして1人立ちする私も、今度は少したくましくなって、ツバメを待つ両親のもとへ里帰りしようと心に誓い、実家を巣立ったのでした。

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