【第3回】
~ 赤ちゃんのいる風景 ~
佳作
しあわせの道
【看護師助産師部門】173票 石坂 泰子 群馬県 助産師 35歳
いつものように薄暗い分娩室。静かな息づかいと、わずかに漂う緊張感。カーテンの隙間から雨上がりの朝日が、横たわる女性の横顔に差し込んでいる。次第に荒くなる息づかいの果てに、力強い産声が響く。まだ母とつながったままで、その胸に抱かれる誕生したばかりの命。そしてその子を愛しそうに見つめる父と母。この瞬間に寄り添っていられるしあわせを、いったい誰に感謝したらよいだろう。
助産師になって13年。たくさんの赤ちゃんやそのご家族と出会い、ひとつひとつに思い出深い出来事がたくさんあった。自分自身も3児の母となり、より一層母の気持ちに寄り添っていきたいと強く思うようになった。ある事情で、8ヶ月だけお産や赤ちゃんとはかけ離れた仕事をさせていただく機会を得た。もちろんそれはとても貴重な経験ではあったが、その後久しぶりにもどった赤ちゃんのいる風景は、なんとも言えず懐かしく、とても居心地が良くて、私を幸せな気分にしてくれた。
多くの感動的な出会いの中でも、特に「赤ちゃんを受け入れる」という視点から、忘れられないご家族がいる。そのお母様とはじめてお会いしたのは、その方がまもなく出産を控え入院された時だった。おなかの赤ちゃんに病気が発見されたとのことで、出生後直ぐに治療ができる施設での出産を勧められていたのだった。入院の状況が深刻であっただけに、慎重なかかわりを持たなければと、やや緊張気味でお部屋に向かった私がお会いした方は、私の想像とはかけ離れた、とても穏やかな笑顔の持ち主だった。自己紹介から、今後のスケジュールの説明、入院時一通りお聞きする事柄についてうかがった後、あまりに自然体でお話をなさるその方の雰囲気に甘え、率直におなかの赤ちゃんへの思いについて触れてみた。それまでの穏やかな笑顔そのままにお話してくださったのは、次のようなことだった。
この子は、妊娠初期に流産しそうになった。でもその危機を乗り越えてくれた。その後染色体異常が疑われ、羊水検査もしたが、異常はなくそのまま順調に育ってきた。二度も命の危機にさらされたにもかかわらず、ここまで元気に育ってくれた。だから、例え病気があっても大丈夫。この子はきっと生きていける。
静かな語り口の言葉の中に、辛さや不安を乗り越えた強さを感じとることができた。
予定通り、帝王切開で生まれたその子は、元気な産声をあげてくれた。そして、その3年後、久しぶりにお会いしたそのお母様の横には、人懐っこい笑顔の男の子が得意そうに絵本を読んでいた。病気に負けない愛情と病気も含めて赤ちゃんを受け入れたご家族の深い絆が、いまも続いていると確信し、安堵したことを覚えている。
出産や育児にも悲しみや苦しみが伴うことは、珍しいことではない。しかし、それを受け入れ、乗り越えていくことも、より大きな幸せにつながるのだろう。すべての赤ちゃんが両親やご家族に受け入れられ、誕生したときの愛情をそのままに成長してほしいと、心から願わずにはいられない。今日も産声をあげた元気な命が、家族とともに成長し、幸せな赤ちゃんのいる風景が、いつまでもいつまでも続くように。目の前にいる、赤ちゃん誕生の喜びにあふれるご家族の数年後の笑顔を想像し、今この時をともに過ごせる幸せを感じている。