持田ヘルスケア株式会社

スキナベーブ エッセイコンテスト

【第3回】
~ 赤ちゃんのいる風景 ~

佳作

赤ちゃんの不思議なちから

【一般部門】218票 矢崎 恭子 東京都  会社員  29歳

きっと赤ちゃんができたにちがいない!ある日曜の朝、私は小さな体の異変をかすかに感じ取った。そして妊娠検査薬を試すことに・・・。市販の検査薬はスティックの先で尿を吸い取り、スティックの中央の小窓にラインが出れば妊娠していることが判明するものである。トイレに入る前に考えた。結果を見ないようにして夫と同時にその瞬間を味わいたいが、先に見てしまうかもしれない、と。そこで尿意を催し気味なのをこらえ、大急ぎでガムテープを取り出し、小さくちぎって検査薬の小窓に目隠しを貼り付けた。用を済ませ、期待と不安を感じつつ、夫にガムテープのついた検査薬を手渡した。「ビリッ」夫がガムテープを剥がすや否や私は言葉にならない声を上げていた。「わーっはっは。」驚きと喜びと感動が入り交じると大きな声で笑ってしまうものなのか。興奮冷めやらぬまま、その日1日が過ぎてゆき、赤ちゃんを迎える日を指折り数えることになったのだった。
私達にとって初めての子どもである。しかしお隣さんの2歳になる可愛い女の子ゆうちゃんや同僚の5ヶ月を超えたばかりの沙織ちゃん、同世代の友人たちに生まれる子どもの、日々の成長に目を見張り、笑い声や泣き声を耳にしていると、私達夫婦は、毎日赤ちゃんの話題でおしゃべりが止まらなくなり、もうここに赤ちゃんがいるような錯覚に陥ることもしばしばであった。とはいえ、まだ2ヶ月になるかならずの私のお腹に宿った生命について、親兄弟を除いてはまだ公言を控えている時だった。
ある日、育児休暇中の同僚が沙織ちゃんを連れてひょっこり職場に顔を出した。私を含め、同世代の女性が沙織ちゃんを囲んであやしてみたり、ふわふわの手足を触ってみたり、一方同僚の育児話に真剣に耳を傾け、うっかり仕事を忘れてしまうひとときであった。皆がかわるがわる沙織ちゃんに声を掛けるのであるが、私と目が合うとにやーっとにんまりした笑顔を見せ、何やら言いたげな表情である。そんな様子に周りの人たちは「沙織ちゃんは恭子さんのことが大好きなんですね。」と言う。沙織ちゃんはソファの上で、やっとできるようになったハイハイのような寝返りのような動きを真剣な顔つきで繰り返している。時々顔を上げ、また私を見るとにたーっと笑う。この時内心私はひやっとした。きっと沙織ちゃんは私のお腹に赤ちゃんがいることに気づいたのだ!沙織ちゃんが言葉を話していたらこう言ったにちがいない。「ママ!赤ちゃんみつけたよ。沙織がママのおなかにいた時とおんなじにおいがするよ!」5ヶ月ちょっと前にママのお腹にいた時は安心できもちが良かったでしょう。そんなときを思い出して、あのにんまりした笑顔を見せたのです。でもしばらくはみんなに秘密にしておこうね。私は心の中で沙織ちゃんにメッセージを送った。
妊娠すると黄体ホルモンの分泌が盛んになり、女性の体は目に見えないところで大きく変化する。自分自身でもわからないこの変化が、赤ちゃんには赤ちゃん特有の嗅覚と記憶力でいとも易しくお見通しされてしまった。この時から私は、赤ちゃんに備わった不思議なちからを信じて疑わない。この不思議なちからを役立てようとか試してみようとも思わない。そしていつか赤ちゃんが赤ちゃんでなくなった時に不思議なちからは消えてしまうかもしれないが、この小さな事件はそっと記憶に留めておこう。来春産まれてくる私達の赤ちゃんにはどんなちからを発見できるか楽しみである。

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