持田ヘルスケア株式会社

スキナベーブ エッセイコンテスト

【第3回】
~ 赤ちゃんのいる風景 ~

準優秀賞

アイドル

【一般部門】247票 濱田 優 東京都  会社員  65歳

孫の結唯を連れた娘夫婦がやっと着いた。道が混んで予定より小一時間遅れ。その間、姉は「まだかね。遅いね」と何度も繰り返していた。
二年前、連合いに先立たれた姉には子どもがなかった。独り身になった上に、まだ七十代半ばなのにいささかボケが入ってきた姉は、今はケア付きの老人ホームに住んでいる。姉夫婦は自分たちの子ども代わりに甥や姪をかわいがり、うちの息子や娘たちにも楽しい思い出をたくさん残してくれた。それに応えるように、子どもたちも姉たちには何かと気を遣い、たまにはご機嫌伺いに行ったり、誕生日には花を贈ったりしている。今日は娘の有加が、はじめて子どもを姉に見せに来る。いつも送られてくる写真を見ては、「かわいいね。早く会いたいね」といっていた待望の赤ちゃんだ。
だが、娘たちが姉の部屋に入り、いざご対面となると、赤ちゃんを育てたことのない姉は、扱いに戸惑ってあやし方がぎごちない。8ヶ月で人見知りをしだした結唯は、怪訝そうにじっと姉の顔を見つめ、母親の娘にしがみついている。それでも、姉が「マシュマロみたい。食べちゃいたい」と口にしながら、プクプクの頬(ほっぺ)をつついても泣き出さなかったので、そっと姉の膝の上に乗せてみた。
そこでぼくが、孫の両脇に姉と娘を配した記念写真を撮ろうと、カメラを構え、義理の息子も一緒になって一生懸命結唯をあやした。が、笑うのは大人たちばかりで、肝心の子どもは座り心地がよくないのか、何かいいながら足を突っ張るばかり、なかなか百万ドルの笑顔は見せてくれない。でも、出来上がった写真を観て、家内は「こんなに嬉しそうにしているお義姉(ねえ)さん、このところ見たことがないわ」といってくれた。狙いとは違ったけれど、これも良い思い出になる。
「ふーん、有加ちゃんがお母さんになったんだ」
姉はいま一つ納得がいかない感じで、自分にいって聞かす。
「あたしも子どもが欲しかったけれど、こればかりはね……」
自分の気持を繕わない言葉に、ぼくらは「仕方ないね」と受けるほかはない。最近の姉は、テレビを観ていても赤ちゃんが出てくると直ぐ反応し、「まぁ、かわいい」を繰り返す。
しばらく子どもと遊んで、姉が願いが叶って満足げな顔になったので、そろそろ帰ろうと揃って玄関のロビーに下りた。と、驚いたことに、そこにホームの住人たちが大勢集まってぼくたちを待ち構えている。娘たちがホームに入る時、結唯を見掛けた誰かが、「赤ちゃんが来た!」というニュースを全館の住人に広めたのだ。
所長さんの話によると、お年寄りたちの赤ちゃんに対する関心は異常といえるくらい高く、どんなに芸達者なボランタリーやプロの芸人でも、無邪気な赤ちゃんには敵わないそうだ。それで、「是非みなさんに見せてあげて下さい」と頼まれ、孫を抱いた娘が、おじいちゃん、おばあちゃんたちの間を顔見世興行よろしく一巡した。
柔らかい手を握ったり、スベスベの肌を撫でたりしては、「まあ、かわいい!」、「このくらいが一番いいね」、「こっち向いて」などと、それぞれに歓声を上げ、ロビー中が大いに盛り上がる。孫はキョトンとしているだけでなんの芸も愛想もないけれど、存在しているだけで、その瑞々しさが生命(いのち)の慈雨のようにお年寄りたちの間に染みわたり心を潤していくようだ。
涙目になったおばあさんが一人、結唯の名前を訊いてはすぐ忘れ、また訊いてはすぐ忘れ、を何度も繰り返していた。

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