【第3回】
~ 赤ちゃんのいる風景 ~
優秀賞
命が、そして思いが、受継がれてゆく
【看護師助産師部門】290票 埜村 順子 京都府 看護師 41歳
20年前私が看護学生のお産実習の時に出会った忘れられない出来事です。実習についていたのは、21歳の初産婦さん、まさしく私と同い年でした。お腹の中には双子です。出来ちゃった結婚でお腹の中はツインちゃんといった状況でした。お化粧気のない幼さの残る人でした。
その日の実習を終え、寮でお風呂に入っていた私は、舎監さんから呼び出されました。「お産が始まったそうよ。すぐ行きなさい。」まだ予定日には3週間ほど早い陣痛です。急いで看服に着替えて、病棟に向かいました。彼女はすでに分娩台の上に上がっていました。「痛い、痛い、助けて、助けて」と側に居る私の手を強く握り締めていました。すでに破水をしており、出産は始まっていました。初産ということもあり、陣痛の間隔が短くなるには少し時間がかかりました。数時間がたち彼女の疲労も強くなってきたと同時に陣痛も強さを増してきました。今では旦那さんの立会い出産もポピュラーとなっていますが、20年前の大学病院といえば、家族の入室はなく、周りはスタッフと先生、そして看護学生と医学生、そしてNICUのスタッフと小児科医と医療従事者ばかりでした。
一人目の赤ちゃんの頭が見え、無事誕生しました。男の子です。2000gと小さめですので、小児科の先生により、すぐに保育器に入れられました。でも大きな泣き声で泣いています。二卵性ということもあり、少ししてから陣痛が始まりました。
無言で頑張っていた一人目の時とは違い、彼女は「もういや!赤ちゃんなんかいらない!いらない!」と叫ぶのです。「ほしくない!いらない!ほしくない!」と叫ぶのです。そうこうしているうちに陣痛が始まりいよいよという時がきました。二人目はなかなかでてきません。お産が始まってからすでに6時間が経過していました。産道へとなかなか降りてこないのです。彼女は泣き叫んでいます。涙でぐしゃぐしゃです。「いや!」と叫んだその時、ずっと介助についていた助産婦が、彼女のほっぺたを「バシッ」と平手打ちをしました。「あなたが、産まなくて誰が産むの。もう貴方はお母さんなの。いやでもなんでもしょうがないの。腹をくくりなさい。」助産婦は、たたいたその手で、彼女の頬の涙をそっと拭きました。「さあ、もう一度、力んで!」
次の瞬間、頭が見えてきました。そして、無事2人目も生まれてきました。1700gだったので、この子も保育器のお世話になりました。 「よくがんばったね。いいお産だったよ。」助産婦はそういって冷たいタオルで彼女の顔をぬぐっていました。「お母さんになれるかな。」「なに言ってんの。あなたは、もうお母さんよ。」
20年ぶりの看護学校の同窓会の時、そのときの助産婦は、こども病院の総婦長になっていました。「長い事助産婦をしていますが、この前とてもうれしいことがありました。実習にきた看護学生がどうやら私の取り上げた子だったようです。双子の兄は、医者をめざし、自分は看護婦をめざすんだとか。助産婦冥利につきます。」そう近況を語ってくれました。
そう、あのときのあの子達でしょう。あの若い母は、助産婦のあの平手に励まされたのでしょう。命を産んだ母、そしてそれを励ましささえた手、そして受け継いだ命への思い、めぐる思い、生きているって素晴らしい、そう感じた瞬間でした。