【第14回】
~ 赤ちゃんとの出会い ~
入選
子は鎹…真の家族の絆
長崎県 会社員 女性 40歳
5年間の交際を経て私たちは結婚した。夫、剛の言葉に偽りはなかった。知り合って以来の朴訥とした、しかし誠実な人柄で私を包んでくれた。平凡で小さな二人だけの世界で私は大きな幸せの中に居た。
やがて日を重ねるごとに気持ちの奥深い処に何やら得体の知れない存在を覚え、それは日増しに大きくなっていく気がした。私は狼狽した。夫を送り出し、日課の掃除・洗濯・ガーデニングの手入れを済ませての一休みの時間に考える日が続いた。
そして一つのことに気付いた……。
幼い頃から夢みていた仕事への未練がそうだった。やや古風な父の“女は嫁いだら家に居ろ”の教えの許で育った私は極く自然にそういうものだろうとは思っていたが七年余勤めた仕事(福祉士としての仕事)と訣別したのは私の意思でのことだった。悔いはない筈だった。未練を残さないように満足しての訣別の筈だった……。
相変わらず優しい夫の笑顔を目にするたび、ばれないように平静を装うのに苦労する私…。
そんなとき身体の異変を覚えた。赤ちゃん! 赤ちゃんが出来た! 私の赤ちゃん!
全ての女性がそうであるように、以後の私は小さな生命に全身全霊をささげた。両家の人々を初め周囲の喜びと祝いのうちに月が満ち男児が誕生した。この世に生を受けたばかりの我が子を初めて目にした私は涙した。何の涙か分からない。強いていえば幸せの涙だろうか。付き添った夫は私より泣いていた。泣き笑いにくれる大の男を初めて見た。そんな夫を見て私も更に泣いた。顔は笑いながら……。
日を追うにつれ可笑いくなる我が児。欠伸しても顔をくしゃくしゃにして泣いても眠っていても全てが可愛いかった。
紅葉のような手に私の指を絡ませながら、強く逞しい男の児に大人に、夫のような優しい男性になって欲しいと心から願いながらも今だけは、こうしている今だけは時間が永久に止まって欲しいと半ば真剣に思う私だった。
樹と命名された我が子を抱いて一足先に里帰りした夜、夫からメールがあった。
“面と向かっては言えないからメールで言うけど、仕事に戻りたかったら戻ればいい。出来るだけの協力はするから”
夫は分かっていたのだ、私の胸の内を!
私はご機嫌の樹を抱きしめた。小さな苦しげな声を上げる私の赤ちゃんを。そして亦涙した。嬉しい幸せな涙と分かりながら…。
「樹、あなたのパパは素晴らしい男性よ!パパのような男性になってネ!」 嘘偽りのない心からの私の言葉に樹は双手を盛んに振っていた…。ママ、ボクもパパのような人になるよ! と言っているように思えた。
時間は流れ樹が保育園に入る頃、私はパートタイマーとして現場復帰した。夫は勿体ないほどに協力してくれた。時間的余裕のあるとき樹の保育園送り迎え。掃除洗濯の家事や時として食事の準備までも。
私は安心して長女の奈々美、二男の誠太郎に恵まれた。樹同様に私はその都度、母としての幸せと喜びを体感した。夫の支えで昼間は職務に没頭できた。夫ベッタリの三人の私の赤ちゃんに軽いジェラシーを感じながらの日を送る私は本当に幸せである。それは十三年前の樹を宿した時以来の幸せが続いている。
そして現在、中学生になった樹は朝早くからバットの素振りに余念がない。その側に奈々美と誠太郎の兄を眩しげに見つめる顔がある。少年の域に達した樹ではあるが、私の目にはあの日、初めて目にした私の赤ちゃんの姿にしか見えない。夫と私の絆は元より強い。それを更に強くする三人の私の赤ちゃんたち。
あなた達の紅葉の手を私は絶対に忘れない。夫の手と共に…。