持田ヘルスケア株式会社

スキナベーブ エッセイコンテスト

【第14回】
~ 赤ちゃんとの出会い ~

入選

親になった瞬間

千葉県  主婦  女性  50歳

「佐野さん、赤ちゃんを取りにきてください」
産婦人科のベッドで心地よく寝そべっていた私は、天井からの放送に飛び起きた。
陣痛が十分間隔になって入院してから十六時間後、ようやく長男を出産した。母体を充分やすめるようにと、一日間は子どもを新生児室が預かってくれたが、今日からは母子同室で母乳育児が始まるのだ。
お腹がせり出してからはできなかったうつ伏せが気持ちよく、出産したこともすっかり忘れてくつろいでいた。焦ってバタバタと新生児室にかけ込むと、助産師さんから息子を手渡された。
生まれた直後の息子はいびつな形の頭で、宇宙遊泳で目を回したような表情をしていたが、一日見ないうちに頭の形も丸く整い、目をしっかり開けている。自分の胸に抱き取ると、息子の全身は私の手首とひじの間に収まった。足首に私の名前のタグがついている。
助産師さんの指導で、初めて息子に乳を含ませた。息子は吸いつくというより食いつくという様子で一生懸命口を動かした。そうしながら私の目をじっと見ていた。新生児の頃の赤ちゃんはあまりよく見えていないと母親学級で教わったが信じられなかった。
「これがオレの母ちゃんなのか……」
と品定めしているように見えた。
助産師さんからは、紙オムツの使い方、ミルクの作り方、母乳をなるべく吸わせること、無理をせず休みたい時はミルクを与えることなどの説明を受けて個室に戻った。
個室で息子と二人きり、なんとなく心細い。小さな新生児用のベッドに息子を降ろそうとしたが、ベッドの寝具に体が触れるか触れないかのところで泣き出した。慌てて自分の腕に抱き取る。
立って揺すってあやした。個室内をウロウロ歩き回る。オムツを開けてみた。汚れてはいない。ではもう一度閉じようとした瞬間、どんぐりのようなおちんちんからシューッと放水した。反射的に私は手のひらでさえぎってしまった。産着がおしっこでびしょぬれだ。息子はオムツをはずされた開放感からか機嫌良くМ字の脚で宙を蹴っている。少し前まで同じ体の中で暮らしていたのに、すでに別個の人間なのだなあと思った。
ぐずるとすぐに乳を含ませ、息子がウトウトすると、息子を抱いたまま私もウトウトした。よく眠ったようだと思ってベッドに降ろすことができても、一時間ほどで目を覚ました。お乳が足りている気がしなかった。
息子は眠くなって意識が遠のいてこないと乳首を離さない。眠りかけて離れそうになるとハッと気づいて吸いなおす。みる間に唇にかさぶたのようなものができ、それがむけはじめた。私の仕事は食事をしてお乳を出すだけ……乳牛もこのような生活なのだろうか。食事が運ばれて来れば、食べながら授乳した。様子を見に来た看護師さんに「無理しないでね」と言われたが、乳首にぶら下がった息子が離れてくれないので仕方がなかった。
就寝の時間になり、看護師さんが息子を預かりにきた。夜間は母体を休めるために新生児室で預かることになっていた。やれやれ、とほっとして息子を看護師さんに手渡した。看護師さんは慣れた手つきで息子を受け取ると息子の頭をしっかりと自分の肩にのせて抱き取った。息子も安心したようにおとなしく看護師さんとともに去って行った。「おいおい、誰でもいいのね」と切なく見送った。
私もゆっくり休もう、そう思ってふと息子がいた新生児用のベッドを見ると、小さな枕に息子の髪の毛がついている。寝具のへこみが、そのまま息子の姿をほうふつとさせた。空っぽのベッドを見たとたんさびしくなり、涙がこぼれた。
次男の新生児の頃をここまで覚えてはいない。
親になった瞬間である。

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