【第14回】
~ 赤ちゃんとの出会い ~
入選
母たちの想いと一緒に
岡山県 パート 女性 39歳
『それは何の涙かな?』分娩台の上で涙が止まらない私に、助産師さんが優しく声を掛けてくれました。
夜中に破水し、そのまま入院。陣痛が弱く、翌日から促進剤を使うことになりました。『やっと赤ちゃんに会える…』そんな気持ちで涙する人もいるでしょう。でも私の涙には赤ちゃんに会える…という気持ちの向こうで、昨年あった出来事を思い出し溢れる涙でした。
私には母がいません。私が23歳の時47歳で亡くなりました。そして昨年、主人の母が亡くなりました。長男を出産してから5年。子育てに自信が持てず、兄弟はいたほうが良いと思いながらも、産後鬱になってしまった経験から、なかなか2人目の出産へ心構えが出来ずにいました。母がいないので、産後実家へ帰ることもできず、主人も出張が多かったので、毎日赤ちゃんと2人きりの生活でした。『今日は誰とも話してないな』と気づき、急に涙が止まらない。そんな毎日の繰り返しでした。そんな私を見かねて、お義母さんが家に来るようにと迎えに来てくれました。赤ちゃんと2人きりの家も辛いですが、結婚して1年。主人のいない実家はやはり気を使いました。お義母さんは『遠慮したらいけんよ。困ったら言いなさい』とよく言ってくれていました。私自身あまり人に頼りたくない性格と、早くに母をなくしたせいなのか、自分の母は一人だと、必要以上に強く思うところがありました。そんな気持ちも邪魔して、いつも心配してくれるお義母さんに上手く甘える事が出来ませんでした。『野菜とりにおいで』『おかずとりにおいで』と孫の顔を見たいこともあり、毎日のように電話が掛かってきました。
正直この頃この電話は、大変だな…と感じていました。そんなお義母さんが、母と同じ癌になりました。母へ沢山の後悔があったので、お義母さんには精一杯の事をして、元気になってもらいたいと思いました。入院、手術、退院、再発…と繰り返し、昨年2月に余命宣告を受けました。何よりも孫という存在は大きいらしく、誰の呼びかけにも反応しなくなっていた頃にも、『婆ちゃん来たよ』という声に『はぁい』と返す力は正に奇跡でした。入院中、赤ちゃんを見かけた時『赤ちゃん見たら癒されるわ』と言っていました。赤ちゃんと触れ合うことで、癒され、心を強くし、病に打ち勝ってくれるのではないかと思いました。その時、私の心には今まで抱いていた不安や迷いはなく、赤ちゃんを迎えて新しい生活をスタートしたいと言う気持ちが自然とわいてきていました。
ベッドの上で弱音を吐くお義母さんに『次が出来たら面倒みてもらわんと困るよ!』と先のことを考え、少しでも前向きになってもらおうと声をかけました。
8月の暑い日。お義母さんが亡くなりました。翌月、妊娠が判明しました。あの日『それは何の涙かな?』と聞かれた私は、溢れる涙をこらえながら『お義母さんのことを思って…』と答えるだけで精一杯でした。自分の母を忘れている訳ではありませんが、あの涙は『お義母さん!どうして今ここにおらんの!』と心の中で叫ぶ悔し涙でした。陣痛15時間後、家族に、お義母さんに待ち望まれた赤ちゃんの元気な泣き声が聞こえました。
大変だなと思っていたお義母さんからの電話が鳴らなくなりました…。
お義母さんに沢山の感謝があります。
赤ちゃんが出来た報告ができなかったこと、会わせてあげられなかった後悔があります。
毎日大変で、また鬱になってしまわないかと不安でしたが、母達の想いと一緒に生まれてきてくれた娘の顔を見ると、『しっかりしなさい!』と母達に言われているようで『よし、頑張ろう!』と思うのです。お義母さんの力の源になればと思うところもありましたが、弱虫な私を強い二人の母のように成長させてくれる赤ちゃんとの出会いとなりました。生まれてきてくれてありがとう!