持田ヘルスケア株式会社

スキナベーブ エッセイコンテスト

【第14回】
~ 赤ちゃんとの出会い ~

特別賞

父になる

横尾 春樹 長野県  会社員  48歳

結婚してまだ2年とはいえ、『なにがなんでも子どもが欲しい』という気持ちは薄れていた。なんせわたしは47歳だ。すぐに子どもができたとしても、子どもが中学に入る頃には還暦を迎えることになる。
妻は37歳だから最近では珍しくもないのだろうが、いちおう高齢出産だ。出産に伴うさまざまなリスクは否定できない。『まあ、二人でのんびり暮らしていくのもよいだろう』と考えていた。
ところが、人生というのはわからないもので、のんびり暮らすのならばと思いきって東京から長野へ移住したとたんに妻が妊娠した。正直驚いた。そしてもちろん、それ以上に喜んだ。
だが、喜んではみたものの、さしあたって自分自身になにか変化があるわけではない。わたしはただ、うろうろおろおろと日々を過ごしていた。
やがて妊娠8ヶ月を迎え、いちおう高齢出産で初産のうえ、移住したばかりで頼る人もいないということで、妻は里帰り出産すべく郷里の鹿児島へ帰っていった。
長野と鹿児島。すぐに会いに行ける距離ではない。ましてわたしの勤める職場は、なかなか連休の取りにくい福祉の現場だ。出産予定日周辺に休みを取ろうともがいているうちに妻は出産を迎えた。
無事に女の子が産まれたという連絡があり、写真付きのメールが送られてきた。しかし、とりあえずガッツポーズをとったものの今ひとつ実感が湧かない。なんだか親戚の子どもが産まれたような気分だ。
その後どうにか休みを調整し、ようやく鹿児島へ。妻の両親への挨拶もそこそこに、ドキドキしながら妻の部屋へ向かった。この気持ちはなんなんだ?期待?不安?なんとなく、子どもの時初めてパンダを見に行った時のことを思い出す。部屋に入ると、ベッドに横になっている妻が口元に指を当て、小さな声で言った。
「今、眠ってるから」
わたしは忍び足でベッドに近づき、妻の横で眠る、おくるみに包まれた小さな生き物をのぞき込んだ。毎日のように写真は送られてきていたが、実際この目で見た娘は思っていたよりもずっと小さく、儚気に見えた。娘?うーむ、男か女かよくわからないぞ。
「抱いてみる?」
妻に言われて、わたしはおそるおそる娘を抱き上げた。ふわふわふにゃふにゃしている。
すると、わたしの緊張が伝わったのか、それともごつごつした抱かれ心地が不快だったのか、突然娘が「ギャッギャッ」と泣き出した。うろたえつつ「よしよし、ほいほい」などとあやしていると、またストンと眠りに落ちる。小さな手の、小さな小さな指でわたしの指をしっかりと握りしめながら。そう、思いがけずその力は強かった。
『知らぬ間に涙が溢れる』という表現に触れる度に、本当にそんなことがあるものか?と思っていた。しかしそれはあった。わたしは、眠っている娘を見つめながらいつの間にか涙を流していた。
それは、感動とも喜びともつかぬ涙で、わたしはただただ心の中で「ありがとう」と繰り返し、「この子は俺の全てを懸けて守ってみせる」と誓っていた。
親バカで結構。わたしはこの子に100%の愛情を注ごう。そして、いつか成長した娘が、こんどは自分にとって大切な人達に、日だまりのような安らぎと慈しみを注いでくれればいい。そんな願いを込めて『晏慈』と名付けた。
晏慈は今7ヶ月。わたしは、娘の運動会の時に他の若いお父さんに負けないように、そしていつの日か、娘が大切な人を連れてきた時にその彼にとって乗り越えなければならない高い壁となるために、とりあえず日々ジョギングに励んでいる。

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