持田ヘルスケア株式会社

スキナベーブ エッセイコンテスト

【第13回】
~ 赤ちゃんとのふれあい ~

入選

ほーれ ぬっくいかぁー

東京都  主婦  女性  60歳

出産して実家に帰ってきたばかりの私の次男を母が産湯に入れる。祖母ゆずりの言葉「ほーれ、ぬっくいかぁー」と言いながら左手のひらに赤子の背中をしっかり乗せ、親指と小指でそっと小さな耳を塞ぐ。素早く右手で薄いガーゼを掴むと赤子の宙を泳ぎそうになった両手を包み込む。一瞬怯えそうになっていた我息子はあっという間に安心して湯に浸かる。「大丈夫だよほらいい気持ち。ね、早くお父さんが名前をつけてくれると良いのにねぇ。まだ名なしさんじゃ困るよねぇ。ほーれ、ぬっくいかぁー」母の右手は先程包んだガーゼの端を掴むと今度は目や耳に湯が入らぬようにゆっくりと額から撫でてゆく。「皮膚の重なったところを丁寧にね。油脂が溜まっているからね。両の手はね片方ずつガーゼを外して放した方の手をすぐに掴んでやるんだよ。指の間も綺麗にね。ほれもう一つ。」
私の母は昔いう大家族の末娘に生まれた。その母(つまり私の祖母)は家族はもちろんの事、近所中殆ど村中の赤ん坊に産湯をつかわせたそうだ。おばあさんは誰よりも上手だったから赤ちゃんが生まれると皆おばあさんに知らせに来た。だって安心だからね、と私は聞かされて育った。そのおばあさんの口癖は「末娘の最後の赤子まで産湯につかわせたらもうなんの望みもねぇ。」だったそうだ。母も大家族に嫁いだ。姑はそういう事に苦手な人だったからお祖母さんは心配でたまらず「お母さんどうぞこのばばぁの為と思って産湯をつかわしてやって下さい」と頼んで田舎道を小一時間歩いて二十一日通ってしまったそうだ。その最後の孫というのが私です。
「ほーれあんよも終わったから背中だよぉ、ひっくり返すよほれ!」と言いながら我息子を右手に裏返した。背中や尻をすみやかにぬぐうとも一度ひっくり返して静かに湯の中へ。名なし君は温まってうっすらピンク色の肌になって大きな欠伸がでる。「はーいお母さん終わりましたよ、よーく拭いてね落とさないでね!」本当に落とさないようにソーッと運ぶ。大きなタオルの中で息子は安らかに丸まっている。確かな重さ、温かさ、赤ちゃんの匂い。「よかったね、綺麗になったね。」と息子に囁く。一仕事終えた母は、「久しぶりで緊張したよ。明日はもっと上手に入れられるよ。」といい、一息ついてから「末娘の子を最後まで産湯に入れられて私はなんて幸せ者だろう。おばあさんも言ってたよ娘の子はそうしても自分がってね。」まだ名前のない息子はスヤスヤと満足そうに眠りはじめる。「赤ん坊を湯に入れるってね、見てると出来そうだけど結構難しいよ。首がすわってないからね。耳に湯を入れないようにね。顔は一番先だからね。家に帰ったら本当に気を付けてね。」と繰り返し忠告する。ウンウンと返事をする。大丈夫だよと。
実は私も甥姪等々母が沐浴させるのを何度も見てきた。でもその度に出来そうもないと思ってしまう。母の手は小さい。私のよりもずっと小さい。なのにどの赤ちゃんもあの手の中におさまって満足げに入浴する。私の心構えのいたらなさなのか?それとも昔の人の心根の強さの違いなのだろうか。
幾日かして「お母さんおせわになります。ありがとう。名前きめました!」といって赤ちゃんのお父さんの登場。「あきゆき君、あっ君かぁ、うんいい名前だねぇ。やっと赤ちゃんじゃなくなった。私もホッとしたよ。」という母の声がする。
翌日から「ほーらあっ君ぬっくいかぁー」という声が幾分か安らいで聞こえる。赤ちゃんの誕生と沐浴、私にとって切っても切れないばあちゃんと母の存在。そうなんだよね、本当に助かったよお母さん。孫たちも心の奥の奥のほうにしまってあるからね、感謝の気持ち。

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