【第13回】
~ 赤ちゃんとのふれあい ~
入選
暗闇での子育て
神奈川県 会社員 女性 42歳
ヒジャブを引っ張っては遊びたがる三ヵ月の長女。その度に慣れない手つきで直す私。
ヒジャブとはイスラム教徒の女性が被る布。夫の転勤で、イランでの生活が始まったのは長男一歳九ヵ月、長女三ヵ月の時であった。
実際にヒジャブを使用するのは外出の時だけであるが、三ヵ月になった長女は引っ張るのが大好き。紐やリボンはすぐに解いてしまう。それらは結べば済むのであるが、お国柄ヒジャブは被らないわけにはいかない。その為、めったにしない外出も長女のひっぱり癖の時期が終わってからしかダメか、と思ったりしていた。ほとんど知識もなく、知り合いも僅かの中での子育ては楽しいと思うよりも、どうしたらよいか、と悩むことが殆どだった。停電も多く、夜中の授乳も暗闇の中。唯一とも言える楽しみはナンを買うことであった。ナンはあまり食欲のない長男が好きだったのと、焼き立てが手に入るので、買いに出かけていた。
そんなある日、いつもの様に引っ張られるヒジャブを抑えながら長男と手を綱いで歩いていると、ヒジャブを引っ張られた。また?と思いきや、なんとイラン女性が引っ張っている。そして長男と繋いでいない方の手を取りお金を握らせて走り去ったのであった。
「えっ私に?何?えーっ!」
海外は初めてではなかった。が、スリに会う気構えはしていても、施しを受けることなんて考えもしなかった。それが、、、、。私は自分の身なりを見た。イラン女性からすると私って貧乏にみえるってこと?ポカンと呆気にとられている私を長男が不思議そうに眺めていた。抱いていた赤ちゃんもヒジャブを引っ張るのを忘れていたくらいだった。
「子育てが大変そうに思えたから、じゃない?ヒジャブを直したり、手を子供に引っ張られたりしている姿が」
電話で母に話すとこう言われた。そうかー、そうかもしれない。母親というよりも‘おもり’をしている人くらいに思ったのかな、、、、、、。
私ははたと思った。日本にいる時のようにはいかないけれど、子供と一緒の時間はたっぷりあるではないか。‘おもり’ではなく楽しめるようにしよう!ヒジャブを引っ張られても良いではないか。ナンを買う時だけでなく、もっと外の世界も楽しもう!
このことがあってから生活に活気が出てきた。長女にはヒジャブ慣れしてもらうために家の中でも被って過ごすことがあった。こうなるともはやイラン人!散歩をして色々な物に触れさせるようにもした。停電の中での赤ちゃんとのふれあいにはヒジャブが良い遊び道具となった。と言うより大活躍だ!暗闇の中、手探りで長女がヒジャブを引っ張るのが夜の授乳後の楽しみとなった。長男も長女をあやすのにヒジャブを使ってはしゃいでいた。
2年後、日本に戻り、ヒジャブも停電もない生活となった。
「赤ちゃんいい子でね。五時に帰るからね」
この7月に次女が誕生した。長男長女は小学生となり、赤ちゃんの存在をとても嬉しく思っている。夏休みの学童に出かける朝、赤ちゃんにそれはそれは優しい声で語りかける。
赤ちゃんを眺める子供達を見て久しぶりにヒジャブを思い出した。あれ、被ってみようか。きっとこの赤ちゃんも楽しんでくれるだろう。早く引っ張り好きの時期が来ないかなー。ヒジャブを探しておこう。子供達も大喜びだ!‘おもり’ではなく楽しもう!
久しぶりの赤ちゃんとのふれあいが楽しくてしかたがない。