【第13回】
~ 赤ちゃんとのふれあい ~
入選
小さな“同志”
兵庫県 公務員 女性 37歳
一年前の夏。当時4歳の息子は七夕の短冊に「電車の車掌さんになりたい」と願い事を書いた。その願い事の横に、妊娠7カ月だった私は
「げんきないもうとがうまれてきますように」
と書き加えた。
ちょうど赤ちゃん返りの真っただ中で、この頃「お母さんのお腹に赤ちゃんはいないよー」と言っていた息子が、少しでも妹の誕生を待ち遠しく思うようになって欲しい・・・。そんな願いを込めたつもりだった。
それから約3ヶ月後。息子や主人も立ち会う中、待望の第二子である「はるちゃん」は元気な産声を上げた。
それからの生活は想像以上に大変だった。
急にお母さんを取られたと思っている息子は、妹を可愛がってはいるものの、やはり気持ちが不安定な日が続いた。「できるだけ上の子を優先してあげて」といろいろな方から聞いていたので、泣いている娘に声をかけて息子の相手を先にすることもあった。それでもうまくいかないことがあり、その結果二人同時に泣かれて途方に暮れたり、落ち着かない息子を叱ったりする日が増えていった。
息子の時のように娘にじっくり目をかけてあげられない上に、息子にも寂しい思いをさせている。そんな罪悪感と自分に対する無力感から
「二人のお母さんになるのは、私には無理だったのではないか。」
そう思うようになっていた。
娘が生まれてからもうじき2ヶ月になろうとしていたある日。その日も一日思うように家事がはかどらず、あわてて夕食の支度をしている時に娘がぐずりはじめた。息子が「はるちゃん、うんちしてるよー」と教えてくれたので、私は調理の手を止めて台所を出ようとした。その時、息子が予想もしていなかったことを私に言った。
「お母さん、ぼくがおむつ替えてあげるよ!」
一瞬迷ったが、あまりの息子の真剣な表情に「わかった、お願いね。」という言葉が自然に出た。
慣れない手つきではあったが、いつも私の横でおむつ替えを見ていた息子は、初めての挑戦にもかかわらず実に完璧な手順でおむつを替えはじめた。
娘はというと、さっきまで泣いていたのが嘘のようにすました顔をして、大人しく息子におむつを替えてもらっている。まるで、お兄ちゃんの「勇気ある挑戦」に協力するかのように。
最後に息子は汚れたおむつを抜き取り、新しいおむつのテープを止めた。少々ずれてはいたが、「できた!」と少しはにかんだ息子の表情と穏やかな娘の顔を見て、私は胸がいっぱいになり、思わず息子を抱きしめた。
「ありがとう!一人でおむつ替えられたね。本当にすごいよ!」
すると一瞬息子は私の目を見つめた後、それまで押さえていた思いがあふれだすかのようにうわーっと、声をあげて泣き始めた。
「勇気を出して、はるちゃんのために頑張ったんやね。」と声をかけると、泣きながら何度もうなずく息子。私と息子はしばらく抱き合ったまま泣いた。
この日を境に、息子は驚くほど頼もしくなった。
例えば主人の帰りが遅い日は、「お母さん、今日は大変でしょ?」と言って、一緒に入ったお風呂から一人先に上がって着替えをすませ、家族全員分の布団を敷き、妹のタオルや着替えまで準備して私を助けてくれるようになった。
また娘も、いつも側で優しくしてくれる息子のことを特別な存在だと思うようになってきたようである。現在10ヶ月になった娘は、息子が帰ってくると満面の笑みでバタバタと両手を動かして迎え、寝るまでお兄ちゃんの後をついて回っている。
もちろん今でも育児に悩むことはあるが、今や頼もしい私の“同志”となった息子と、笑顔いっぱいの娘の微笑ましいやり取りを見ていると、「こんな私でも二人のお母さんをやっていけるかな。」という気持ちになってきている。
この春、息子も5歳になり、今年も七夕の季節がやってきた。
息子は今年の短冊にたどたどしい平仮名で迷うことなく
「はるちゃんといっしょにあそべますように」
と、大きな文字で願い事を書いた。