持田ヘルスケア株式会社

スキナベーブ エッセイコンテスト

【第12回】
~ 赤ちゃんへの手紙 ~

入選

赤ちゃん 風呂に入れる

兵庫県  無職  男性  67歳

赤ちゃんが産院から帰ってきて、お風呂に入れることになった。まるで厳粛な儀式をするように、座敷机に薄い青色のビニールシートを広げ、その上に女の子だからとピンク色のベビーバスを鎮座させる。ガーゼにバスタオルにと、用意するものに怠りはないか。湯の温度はと温度計で確認。助産師さんの模範的な湯の使い方を娘は何度も見ている。そんな赤ちゃんのお風呂に家中、大騒ぎである。
それから一ヶ月。助産師さんの許可が出て、赤ちゃんを家の風呂に入れることになった。最初のうちは娘が入れていたが、仕事に出るようになり、赤ちゃんのお風呂をどうするということになった。夜になるより、早く入れたほうが、赤ちゃんの身体が休まるからと、退職しずっと家にいる六十七歳の私に白羽の矢がたった。 「赤ちゃんを風呂になど、もしもの事があったら大変だし無理だ」と、強く拒否したが、
「一度やってみて、誰でも出来るから」
「お爺ちゃんなら絶対大丈夫よ」
みんなからおだてられ、その気になった。
浄瑠璃にある「年寄には更湯は毒」のせりふ通りに、「高齢者には一番風呂よりも、みんなが入った後の湯のほうが身体になじむ」。そんな言い訳をしながら、私は、毎晩一番最後の湯に入っていた。それが、赤ちゃんと一緒で一番風呂に大出世し、夕方六時前になった。
石鹸で軽く洗った後、一緒に湯船につかる。赤ちゃんを仰向けにして、親指と人差指、中指で耳の後ろをそっとはさむ。湯面に軽く浮かんでいる。指は支えているのでなく軽く添えてる感じだ。
泣くのがわかっているので、先にガーゼのタオルで髪の毛を洗い、顔を拭く。手と足をばたつかせ、火の玉になったように泣き叫ぶ。肌が、見る見る茹蛸のように、黒味がかった赤色になる。腕や足のくびれの間は、まさにボンレスハムのように丸々としている。身体を洗う段になると少し泣き方は弱くなる。気持ちが落ち着いてきたのだろうか。洗い終わるころには泣き止み、気持ちよさそうに、薄っすらと目を開きかけたりしながら、とろりとした感じで浮いている。まどろみのときだ。これが浮力なのだなと感心したりする。いい気持ちなのだろうピクリとも動かない。そのまま眠ってしまった感じだ。
突然、両の手をぐっと伸ばし、足で力いっぱい蹴る。あわてて、落としそうになる。もし湯に沈ませたらと、一瞬娘の「こわい」顔がよぎる。赤ちゃんの突然の動きで、湯船に落としてしまい救急車という話も聞いていたので、大事にならずやれやれだ。赤ちゃんと一緒にまどろんでいては駄目なのだ。一時も油断してはならない。気を引き締める。
そろそろ温まったころあいだと、壁のブザーを押す。
「はーい」と、湯煙の中ガラス戸に妻が現れ、ドアを開けて両手にバスタオルをひろげ受け取る体勢だ。肘から一緒に伸ばした両手の上に乗せ、「ざーっ」と湯の音をさせて立ち上がる。
その時だ。突然ぐっと、私の両の腕に重さがかぶる。ええっ、赤ちゃんってこんなに重かったの。驚きが頭をよぎる。両腕の中で赤ちゃんという個体がどっしりと感じられる。一人の人間だと主張しているようだ。差し出されたバスタオルの上にひょいと乗せる。バイバイだ。
私は「うーん」と、大きく伸びをしながら湯船に全身を横たえる。今日の私の唯一の仕事は終えたのだ。温度を一度上げた湯が、ゆったりとした心持ちでなじんでくる。

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