【第12回】
~ 赤ちゃんへの手紙 ~
特別賞
5つの輪ふたたび
佐藤 美貴 東京都 会社員 29歳
「はーい、今、頭が見えてきましたよー」
助産師さんの声にホッとしたのも束の間、陣痛の波に合わせて思いっきりいきむ。
「あぁ、髪の毛がふさふさな子なんじゃね」
え? すでにふさふさ!?
ますます早く顔が見たい、とさらに力を込める。
「ふぅーーーーんっ!!!」
頑張れ、頑張れ、わたしの赤ちゃん。
頑張れ、頑張れ、わたし。
もうそこまで出たがっているのが分かる。
あと少し、もう少しで会えるからね。
最後のひと踏ん張り・・・
「ふんぎゃーっ!!」
するりとわたしの中から出ていく感覚・・・
おなかの上で真っ赤な身体で元気いっぱい泣いているきみと初対面。
「やっと会えたね」
わが子のぬくもりを感じ、安堵感に包まれながら心の中までじんわり温かくなっていった。
それから4日後に退院し、ママになったわたしときみとのドキドキな日々が始まった。里帰り出産のため、しばらく実家でお世話になる。実家は、二世帯住宅で1階には祖父母が暮らし、2階がわたしたちの生活の場。昔は両親と三姉妹の5人だったけれど、長女のわたしは転勤で東京へ、次女は結婚で家を出たため、現在は両親と末っ子の3人で暮らしている。4年ぶりの実家生活。あの頃とおんなじようで、変わっているような感じもする。
変わっていると感じたのは家族間の関係の微妙な変化かもしれない。決して仲が悪いわけではないのだが、なんとなく淡々と空気が流れている印象を受けた。
例えば、一番下の妹は仕事から帰宅し、夜ごはんを食べるとすぐ自分の部屋に籠る。「なんで引きこもるん?」と聞くと、「勉強」と返ってくる。確かに銀行員だから、毎月のように色々な資格試験があるようだ。ただ、同じ家の中にいて姉との会話はメールでのやりとり。「お風呂沸いたら教えて」。「あと5分で沸くよ」。こんな具合に。
母は住宅展示場の仕事と通信教育の先生をしているので、家でも仕事をしている。また、趣味が高じて韓国語も勉強しているので、とにかく忙しそうだ。その上、家事も手抜きをせず全部自分でやってしまうので本当に頭が下がる。
父は退職し、還暦も過ぎたがまだ働いている。朝早く夜は遅い。帰宅してからの会話はほぼない。臨月の娘の体調を心配してくれ声をかけてくれるが、わたしも相変わらず素っ気ない態度。父は娘たちが思春期を迎えた頃からずっと肩身が狭い思いをしてきただろう。心なしか晩酌の量が増えているようにも見えた。
そんなママの家族のもとにきみはやってきた。小さな手足、スヤスヤと眠る寝顔、全身を使って元気に泣き叫ぶ姿、おっぱいをゴクゴク一生懸命飲む様子、沐浴で気持ちよさそうな顔…様々な表情にみんなメロメロ。
自分の部屋に籠りがちだった妹は、ごはんのあともリビングにいて、慣れない手つきできみを抱っこしたり、写メを撮ったり。
母は、帰宅後、一番にきみの一日の様子を聞いてくる。抱っこして匂いをくんくん。ほっぺにすりすり。きみの小さな肌着や何枚も使うタオルを毎日洗ってくれているのは、ばあばだよ。
ごはんの後はすぐテレビだった父は自ら「抱っこしてやろうか」と。でも恐る恐るでぎこちない。懐かしい曲を歌ってあやしてくれているのは、じいじだよ。
結婚で家を出てからほとんど実家に帰らなかった二番目の妹は、休みの度にきみに会いに来るようになった。なぜだか抱っこが上手くてきみはすぐに安心した顔をする。将来、いとこができるのが楽しみだね。
こうして、ママの家族は少しずつ昔のような繋がりと明るさを取り戻しっていった。きみが生まれた年はオリンピックイヤー。日本中が選手たちの活躍を祈り、エールを送り一つになった。新しい家族として、わたしたちのところに来てくれたきみは、きっと全部お見通しで、バラバラになりかけてた5つの輪をふたたび繋いで、灯りをともしてくれたんだね。
生まれてきてくれて本当にありがとう。