【第11回】
~ 赤ちゃんがくれるチカラ ~
入選
おっぱいが出ない!
埼玉県 主婦 女性 32歳
妊娠中は考えもしなかった。
赤ちゃんが上手におっぱいを吸えないなんて。
私が上手におっぱいを吸わせられないなんて。
病院の授乳教室で他のお母さんはおっぱいが張って沢山出るのに、私は出ない。吸わせた後、赤ちゃんの体重を量ると減っていた。
「まだ上手に吸えないし、カロリー消費の方が大きいから減るんだよ。」
って助産婦さんは言ってくれたけど、私の赤ちゃんは普通より小さめなんだ。普通は3000グラムくらいだけど、私の赤ちゃんは2434グラム。これ以上、小さくなったら死んでしまうんじゃないか、と思ってミルクをあげた。
でもミルクは口に合わないのか、すぐに吐いてしまう。
「ごめんね、おっぱい出なくてごめんね。」
言いながら涙が出る。
赤ちゃんは自分で乳首を上手くくわえる事ができない。口に入れてやってもするっと抜けてしまったり、口の奥の方まで入れられなかったりする。何度もチャレンジして口の中には入れられるようになったが、今度は乳首の先を強い力でちゅうちゅう吸われて切れてしまった。
痛いのを我慢して吸わせる時間を短くして左右交互に吸わせてみる。それでも一度に吸える量はごく僅か。足らないので昼夜問わず、1、2時間置きに欲しがる。吸い終わってからまだ30分しか経っていないのに欲しがることもある。
出産翌日、赤ちゃんと同じ部屋で過ごせるのを心待ちにしていた。
こんなに泣かれるとも知らないで。
「オギャァ、オギャァ、オギャァ、オギャァ・・・・・」
おしっこやウンチも頻繁にする。おっぱい、ウンチ、おしっこ、おっぱい、ウンチ、おしっこ・・・・・。
合間にうとうとするだけの睡眠。
「オギャァ、オギャァ、オギャァ、オギャァ・・・・・」
今度はなんで泣いているのか分からない。
オムツも替えたし、乳首を含ませても嫌がって吐き出してしまう。
しばらく抱っこしてゆらゆら揺らしていると、大人しくなった。
「そうか、今までお腹の中で一緒だったから、一人でベッドで寝るのが心細いんだね。」
やっと静かになったけど、ベッドに戻すと置き方が悪くてまた大泣き。また抱っこでゆらゆら揺らす。・・・・・置くとまた起きる。それの繰り返し。もう眠くてへとへとだ。
妊娠中は出産のことで頭がいっぱいで、産まれてからのことは全然考えていなかった。人から「大変だよ」っていう話を聞いても「まあなんとかなるだろう」って聞き流していた。
お母さんもお婆ちゃんも世間一般の人もみんな産んで育てているのだし、大丈夫、大丈夫。母乳が出なければミルクでいいし、私の赤ちゃんはきっとあんまり泣かないいい子よ・・・・・そんな風に考えていた。
でも、産まれてみるとミルクより母乳をあげたい気持ちが強くなった。本能的なものなのかな。おっぱいを吸っている姿を見ると胸がジーンと熱くなる。
とうとうおっぱいをあげても抱っこをしても何をしても泣き止まなくなってしまった。
「看護婦さんを呼ぼうかな。もう駄目かも・・・・・」
「私の赤ちゃんなのに情けない。動物だって赤ちゃんを育てるのにそれができないなんて・・・・・。」
結局、看護婦さんは呼ばなかった。
もう辛くて辛くて、気づくと赤ちゃんと一緒に泣いていた。
そうしたら、赤ちゃんが急に
「へっへっへっへ」
と変な息の吐き方をしてにっこり笑った。
ああ、そうか一緒に泣いて欲しかったんだ。
今度は一緒に笑った。
おっぱいを卒業したのは10ヵ月後。
それまでおっぱいが大好きで大好きでしようがなかった。
慣れない間は飲む方も飲ませる方も大変だったけど、二人で一緒に頑張ったから絆が生まれたように思う。
寝ている時に口をくちゅくちゅさせておっぱいを飲む仕草をするのを見るのが大好きだったのに最近はやってくれなくなった。
その時は気付かないけど、宝物のような瞬間が沢山あって超特急で過ぎ去っていくものだと思う。