【第11回】
~ 赤ちゃんがくれるチカラ ~
入選
私の決意表明
東京都 主婦 女性 29歳
記録的な猛暑の2010年8月2日午前11時4分、27年間の人生の中で最も輝かしい瞬間だった。誕生したてのくしゃくしゃの小さな私の赤ちゃん。「一筋の光」を覚えるとは、こういうことを言うのかと、私はまだ汗で冷たい分娩台の上でぼんやり考えていた。
それから、娘「京ちゃん」の成長に人並みの感動や喜びなどを感じつつ、およそ1年が経過。ああしかし、今の私には正直きらきらした希望に満ちた言葉がどうにも思いつかない。あの眩い一筋の光はどこへ…といった感じだろうか。幸せいっぱいに見える近所のママ友達の間で不幸自慢大会をしたならば、群を抜いて私が絶対に優勝する自信がある。
その原因ははっきりしている。夫が半年前、職場のストレスからくる「うつ病」と診断されたからだ。私はこの1年の間で、夫の「妻」となり、娘の「母」となり、さらにうつ病を患った夫の「介護者」という3つの肩書きを担うことになったのである。もう頭も肩も腰も、責任も重すぎる。
私はこれまで自分で強い人間だと思っていた。周りの人からも強くへこたれない女性だと言われてきた。でもいくらこんな私でも、そんな病気を抱えた夫を横に見ながら、1歳の娘の子育ては正直きついと感じる時がある。私だってしょげてしまう。「お父さん大丈夫かな、病気は早く治るのかな」「今後生活はどうなってしまうのかな」といった具合に、考えたくなくてもふとした瞬間に思い悩んでしまうのだ。
ある日のこと。朝から少し嫌な予感がした。スーツを着た夫の背中が何となく小さい。まだ肌寒い4月の朝、私の心も一緒にぎゅっと締め付けられ小さくなった感じがしたのを今でも覚えている。それでも夫は気力を振り絞るように会社に出かける。そしてその直前いつものように夫は娘を抱きしめ、「行ってくるね」と言った。
その夜、会社から帰宅した夫は私に言った。「今日、正直何もかも嫌になって、全てから逃げ出そうとしたんだ。そう思いながら目を閉じたら、京ちゃんの顔がうかんだよ」「そしてなぜか、生まれた時の京ちゃんの目を思い出したんだ」と。
私はこの時あふれ出そうな涙をこらえた。私たちの元へ戻ってきてくれた夫、そして夫を守ってくれた娘に心から感謝した。同時に「私が夫を一生かけて守る。もう絶対はなさない」と心の中で誓った。
私は夫が病気になり、「自分だけが不幸だ、世の中は不公平だ」とかそんなことばかりを言っていた。そして悶々と割り切れない気持ちで過ごしていることが多かった。でも、もうそんな情けないことは言っていられない。娘は、こんなにも小さな体で一生懸命夫を守ろうとしている。小さな小さな手を一生懸命差し出して夫の折れそうな気持ちをつなぎとめてくれているのだから。
このエッセイコンテストの機会を借りて私は決意表明をしよう。ぜひ、どなたかにも聞いていただきたい。「宣誓、ただ今から私は、夫と娘の3人でこの人生を精一杯生きていきます。どんなにでこぼこな道で転びそうになっても、私は夫と娘の手を絶対に離さず歩き続けます。でもどうしても辛くて悲しい時、このエッセイを読み返して思いっきり泣いてもいいでしょうか」よしこんな感じでやってみよう。何だか久しぶりに力がわいてきた。
ここに宣言した以上もう後ろは振り向かない。大丈夫、きっと大丈夫。3人の力を合わせたら何でも乗り越えられる。そう、私達らしく乗り越えていくんだ。