【第10回】
~ 赤ちゃんとの記念日 ~
入選
初めての沐浴
大阪府 高校講師 45歳
平成五年十月二十七日、待望の長男が生まれた。私の実家の両親にとっても、主人の両親にとっても初孫の誕生だった。大きく晴れると書いて「大晴(たいせい)」と名付けた。
来る日も来る日も、息子の成長をビデオに撮り続けた。その大量に撮影したビデオの中で、私が思わず笑ってしまう、それでいて、無性に泣けてしまうビデオがある。
それは、生まれた産院から退院して、私の実家に戻った日のこと。その夜に、父が初めて息子を沐浴させているビデオだ。
その日、父はもちろん晩酌もお預けで、生まれる前からとても楽しみにしていた初めての孫の沐浴に挑んだ。でも、ビデオに映る光景は、大人3人の緊張した姿だった。
両親は、感染防止のため、エプロンにマスクという完全武装の格好をしている。息子を抱いている父の手は小刻みに震えている。母は、まるで薄皮を剥ぐように優しく優しく息子を洗っているというより、撫でている。そして、新米ママの私は、ビデオ片手に娘気分が抜けないまま、病院で習ったことを、超真面目に伝授している。でも、なかなか、上手に沐浴できない両親に、イライラして、
「石鹸はいらないよ!」
「耳に水入れたら駄目やん。」
「首を固定して。怖がってるやん。」
「体をひっくり返して、背中も洗って!」
と好き勝手言っている。そんな私に、とうとう父が、
「今日は、無理やわ。明日背中洗うわ。」
と叫んでいる。
それは、まるで理科実験室のような雰囲気だった。その中で、最初怖がってプルプル震えていた息子なのに、次第に、お目目がトロンとしてきて、伸びをしたと思ったら、すやすやと眠ってしまった。その小さいけれど、めちゃくちゃ存在感のある息子を囲んで、私たち大人は疲れて、ぐったりしたのを思い出す。
今、このシーンを見ると、なんて大げさなんだろうと笑ってしまうけれど、このビデオの中には、家族みんなの息子への思いが、いっぱい詰まっている。
けがをさせないように、病気をさせないように、家族みんなで、大切に大切に育ててきた。そして、最初は、親に頼り切っていた新米ママも、悪戦苦闘しながら、両親に支えられて、少しずつ母親になっていった。
それは今も変わらない。息子にとっては、人生で起こるすべてのことが、初めての体験になる。それはまた、母親の私にとっても初めての体験になる。幼稚園、小学校、中学校、そして受験もそうだった。その度に、母はどきどきし、悩み、迷ってしまう。でも、いつも、おじいちゃんやおばあちゃんが励ましてくれた。そして、何より、息子の存在そのものが、「お母さん大丈夫だよ!」と、私に勇気を与えてくれた。
今年、十七歳になる息子は、今もあの沐浴の時と同じように、おじいちゃんやおばあちゃん、家族みんなに大切にされて、心配する母を横目に、のんびりと伸びをしながら、高校生活を楽しんでいる。