【第10回】
~ 赤ちゃんとの記念日 ~
入選
朝風呂記念日
兵庫県 会社員 36歳
結婚してちょうど5年が過ぎた今春、待ちに待った赤ちゃんが我が家にやってきた。夫の喜びようは格別で、
「今までどうやって暮らしてたんやろう?」
「二人だけだった頃の生活が、もう想像できへんわ。」
などとしきりにつぶやいていた。そこまで言うのは、5年間一緒にいた私に対してちょっと失礼なんじゃないの…と思ったほどである。でも私自身ももう赤ちゃん抜きでは何も考えられなくなっているので、あえて突っ込まず聞き流しておいた。
こうして心待ちにしていた3人での新生活が始まったのだが、同じころ夫は運悪く忙しい職場へ異動することになってしまったのである。毎日帰宅はだいたい日付が変わった夜の12時過ぎ。最後の授乳が終わって、赤ちゃんがぐっすり寝入った頃だ。このままでは毎日、赤ちゃんの寝顔しか見られないかもしれない。
「知らん間に大きくなってしまうのなんて、絶対にイヤや!」
何とか赤ちゃんとふれあいの時間が欲しい夫が出した結論が、出勤前の朝にお風呂へ入れることだった。もともと寝起きが悪くて何度も起こさないといけないし、やっと起きても出かけるまでずっと不機嫌。毎朝数分単位で時間に追われているこの人が、ほんとに大丈夫なのかな…私は内心かなり半信半疑だった。
いよいよ朝風呂宣言をした5月19日。先に起きた私がベビーバスにお湯を張っていると、目覚まし時計と同時に起きて準備万端の夫が現れた。そして
「さあ、おふろでちゅよ~!」
と赤ちゃんにニコニコと優しく話しかけながら服を脱がしていく。お風呂がちょっぴり怖くてぎゅっとこぶしを握る赤ちゃんを鼻歌交じりでなだめつつ、何とか沐浴を済ませたようだ。そしてさらに、湯冷めをしないよう手早く着替えまでさせてしまったのである。
うわー、朝から信じられないほどのハイテンション!さっぱりしてすっかり機嫌が直った赤ちゃんをあやしている姿は、およそ同じ人とは思えない!夫もお父さんになったんだなぁとしみじみ実感させられた。その後せかせかと朝食をとる背中はいつもと同じだったが、心なしかひと仕事終えた満足感が漂っていたような…。
あれから3か月が過ぎた今では、バスルームで一緒に朝風呂タイムを過ごしている。どんなに仕事が忙しくても、これだけは毎日欠かさず赤ちゃんのためにしてあげられている。
そう自信を持って言えることが、自分の支えにもなっているのだそうだ。イケメンにはちょっと遠くても、しっかりイクメンには変身できたらしい。休日にはオムツ替えから寝かしつけまで面倒をみてくれる夫には、本当に感謝している。赤ちゃんにもそんな気持ちは伝わるらしく、夫には1日中一緒にいる私もめったにお目にかかれない満点の笑顔を向けるのが、少し悔しかったりもするのだが…。
「おなかきれきれい~おしりきれきれい~♪」
いつの間にか定番になったオリジナルのお風呂ソングが、今日も聞こえてくる。我が家のお風呂は狭いので、洗っている途中で戸を開けることができない。へんてこなメロディーに乗せた歌詞だけが、中の様子を私に教えてくれるのだ。洗面所でバスタオルを広げながら、先に出てくる赤ちゃんを待っている私。ずっと後になって懐かしく幸せな記憶として思い出すのは、こんなひとときなのかもしれないとふと思った。