【第10回】
~ 赤ちゃんとの記念日 ~
入選
ライバル誕生
長野県 公務員 33歳
妊娠が判明したのは6月初めでした。予定日は2月1日。妊娠の知らせにみなが喜ぶ中、夫は複雑な気持ちでした。もちろん妊娠は嬉しいけれど、その日は月曜日。仕事柄1月から3月が一番忙しい夫にとって、平日に休みを取ることは難しいからです。だから、夫は「土日のどっちかに生まれてくれるといいんだけどな。」と言っていました。私はそれを聞くたびに「そんなに上手くいかないよ」と笑っていました。
赤ちゃんは順調に成長して胎動も日に日に強くなっていきました。キックゲームにトライしてみたけれど、反応はほとんどありません。けれどある時、必ず反応してくれる言葉があることに気がつきました。それは、「パパ帰ってきたよ」。その言葉を聴くと赤ちゃんは必ずおなかをドカドカと痛いくらいに蹴ってきました。おなかの赤ちゃんは私に負けないくらい夫が好きらしい。私のおなかは前に突き出していたので、周囲の人からは「きっと男の子だよ」と言われたし、私もそう思っていました。でも、こんなにパパが好きってことは女の子?!という思いも無いわけではありませんでした。
妊娠8ヶ月に入った頃から、夫はおなかの赤ちゃんに向かっても「土日に生まれておいで」と話しかけるようになりました。最後の検診の日、まだまだ生まれる気配はなかったけれど、診察の時に医師が笑って「いつ生まれよう、って一生懸命算数しているよ」と言いました。よく見ると、確かに指を折って数を数えているように見えます。その時、私は本当に土日に生まれるかもしれないと思いました。
予定日3日前の金曜日の夜、夫が「もう生まれてきてもいいよ」と話しかけました。すると、深夜に破水。入院をしたもののなかなか陣痛が始まらずに丸1日が過ぎ、日曜日の朝になってようやく陣痛が始まりました。夫はマッサージをしたり水を飲ませてくれたりしてずっと付き添ってくれていましたが、立会いを希望していなかったので、分娩室に移ってからは一人で痛みに耐えなければなりませんでした。途中あまりの痛さにもう何もかも投げ出してしまいたい気持ちになりましたが、助産師が私の手をとり、「頭が見えてきたよ」と触らせてくれました。ヌルッとした感触。その瞬間、再び身体に力が湧いてきました。
やっとの思いで生んだ子は女の子。分娩室に入って初めて女の子だと聞かされた夫はびっくりした様子でした。でも、本当は女の子が欲しかったのでとても喜んでいました。娘は私の胸の上で「はぁー疲れた」とでも言いたそうな顔で夫の顔をじっと見ていました。
娘は、やっぱり夫のことが大好きでした。一生懸命算数をして夫がいいよ、といった日に準備を始め、丸二日ずっと付き添ってもらって生まれてきました。入院中も「パパ来るよ」と言ったら、おっぱいもそこそこに夫に抱っこをおねだり。夫が帰ってから「そういえばおなかが空いてたんだ」といわんばかりにぐびぐびおっぱいを飲んだこともあります。それを見ると私はおかしくて仕方がありませんでした。
あれから早くも6ヶ月が過ぎました。今でも夫と娘はラブラブ。おっぱいを飲んでいても常に夫の姿を探し、見つめあうとニコーっとします。そして離してしまった乳首をあわててくわえなおしてまた飲み始めるものの、声が聞こえるとまたそちらへ顔を向けてニコー。いつもその繰り返し。もう夫はメロメロです。
こんなに身近なところに強力なライバルができるとは。でも、生まれてきてくれて本当に良かった。これからもずっとパパを好きでいてね。