【第10回】
~ 赤ちゃんとの記念日 ~
入選
雷様がくれた父娘記念日
東京都 専門学校非常勤講師 45歳
はーちゃんが産まれる前から、パパはずっと単身赴任。産まれた後も、なかなか一緒に過ごせる時間がなくて、ママやじーちゃん、ばーちゃんに迷惑のかけ通しだった。今でもそうだけど。
離れていても、一時たりと、はーちゃんのことを思い出さない日はなかった。でも、時々しか会えないから、はーちゃんはなかなか、パパを「パパ」と思うことができなかったみたい。いつも、久しぶりに会うときは「このオジサン、誰?」という顔で、遠慮がちに接してくれるだけだった。仕方ないとはいえ、パパはとても淋しかった。
少しずつ、はーちゃんはパパが「パパなんだ」と思うようにはなってくれていたけれど、それでもいつもなんとなく、パパもはーちゃんもよそよそしかった。血の繋がった父娘なのに、どこか他人行儀な空気の中で一年半が過ぎた。
でも、今年の夏のある夕方のこと。その日は不安定な空模様で、みるみると空が真っ黒になっていった。まもなく、雨がざーざーと音を立てて降り出し、遠くでゴロゴロロ……と雷が鳴り始めていた。
その時、部屋にはパパとはーちゃんしかいなかった。はーちゃんは、大好きなテレビを観ながら遊んでいたけど、そこはかとなく忍び寄る不穏な空気を感じたらしく、少しずつ笑顔が強ばっていった。
チラチラとママやじーちゃんやばーちゃんを探していた。けれどそこには誰もいなくて。目に映るのはパパの姿だけ。
その時、窓の外で雷光が光り、ゴロゴロドドーンと腹に響く雷鳴が轟いた。
はーちゃんはびっくりした。そして、
「パパー!」
と、泣きそうな顔で両腕を広げ、駆け寄ってきた。
パパは、ひしとはーちゃんを抱き締めた。はーちゃんは、パパの腕をギュッと握っていた。はーちゃんは、雷が遠ざかるまでずっとパパにしがみついていた。
はーちゃんは恐い思いをしたようだけれど、パパはとてもうれしかった。こんなふうに、はーちゃんが全身全霊でパパに身を預けてくれたことはなかったから。
はーちゃんの中でも、何かが変わったみたいだ。一年半の時を費やしたけれど、ようやく、パパを「安心できる人」「守ってくれる人」と認めてくれたようだった。
それからは何かにつけ、「パパ、パパ」と言いながら近づいてきて、ダッコをせがんだり、遊んでとおねだりするようになったり。マンマもお着替えも、パパに任せてくれるようになった。どんどん距離が縮まっていって、今ではパパの横で安心して寝てくれるようにもなった。パパは、そんなはーちゃんを飽きもせず、一日中見つめている。
突然の雷のおかげで、しくしくしていたわだかまりが取れ、パパとはーちゃんは遠慮なく「父娘」でいられるようになった。何が幸いするか、わからないものだ。
雷様がくれた、本当の父と娘になるためのちょっとした儀式。この日をパパは大切な父娘記念日として、心の奥深くに刻んでおく。そしていつの日か、はーちゃんが大きくなったら、この日のことを話してあげよう。
あと一週間ほどでお仕事だから、パパはまた、はーちゃんと離れ離れになるけれど。
この夏、思いっきり親子の絆を深めて、もっともっと、みんながうらやましがるほどの仲のいい父娘になっていこうね。