【第10回】
~ 赤ちゃんとの記念日 ~
入選
思い出記念日
大阪府 主婦 29歳
「赤ちゃんとの生活は、毎日が記念日です」。にっこり笑ってそう答えられる母親になれれば、どんなに素敵だろう。けれど実際の育児は、夢に描いていたような、オシャレで穏やかなママと、いつもにこにこしている聞き分けの良い赤ちゃんとのhappyな生活♪というわけには到底行かなかった。
今は五歳と三歳になった息子たちだが、彼らの赤ちゃん期はまさに、怒涛の毎日だった。
長男が生まれた日。ママになって感無量、喜びに浸っているのも束の間、すぐに数時間おきの授乳とおむつ替えが始まった。初めての育児に、赤ちゃんの抱き方もおっぱいのやり方も分からず、おたおたする毎日。どうしても泣きやまず、夜中に産院に泣きながら電話をかけて助けを求めたこともあった。寝不足にふらふらになりながらもようやく赤ちゃんとの生活に慣れた…かと思うと、息子はどんどん成長して先に進み、次のステージ、お座りやはいはいの時期に入る。離乳食では、ホウレンソウが苦手で、おかゆやおいもなどの炭水化物ばかり好んで栄養の心配をさせられた。髪を振り乱し、年中Tシャツとジーパンという色気も何もない格好で走り回る毎日。鏡を見て独身時代との差に愕然とする。それでも毎日新しい顔を見せてくれる息子に、ついて行くのが精いっぱいだった。
次男が生まれてからはさらに輪をかけたように、予想をはるかに上回る目まぐるしい日々が待っていた。さすがに赤ちゃんの扱いには慣れてきたものの、やはり二人目育児は初めて。次男におっぱいをやりながら長男にご飯をたべさせたり、ベビーカーを嫌がる次男を片手に抱き、長男の手をつないで、重い買い物袋を腕にかけて真夏のアスファルトの上をとぼとぼ歩いたりしたこともあった。次男の夜泣きに目を覚ました長男を、次男と共に両手に抱いて気分転換に散歩に出かけたり、お風呂に入っても、自分は素っ裸のまま子どもたちの着替えをさせたり、と、とにかく今思うと自分でもよくあんな時期を乗り切ってきたものだと自分をほめてやりたい気分になる。
そんな中でもふと気付くと、長男が次男の手を握って眠っている。ままごとセットのおもちゃのトマトや魚を皿にのせ、ご丁寧にフォークまで添えて次男の前に並べてやったりしている。泣いているのをあやそうとしてくれたり、逆に自分が赤ちゃんのくせに次男が泣いているお兄ちゃんを慰めるかのように、見よう見まねで頭をなでてやったりしていたこともあった。
けれど、今となってはそんな心温まる出来事も、大変だった出来事でさえ、子どもたちと私との、成長の大切な過程だったのだと気づく。そう、息子たちだけでなく、たくさんしんどいことや辛いこともあったけれど、その一つ一つが私を母親として成長させてくれた。けれどこれまで、先に先に、どんどんと未来に向かって進んでいく息子たちの成長に付いていくのが精いっぱいで、そのことに気づくことができずにいた。息子たちと私が成長してきた時間、人生で一度しかない息子たちとの時間、そのことにあまりにも無自覚で、それはこれまで、ただの「時間の経過」でしかなかったのだ。
体力、気力との勝負だった毎日が少しだけ落ち着いた今、この機会にふと立ち止まってこれまでの子どもたちと私との日々を一つ一つ辿ってみることができた今日この日、8月14日を、これまでの「思い出記念日」にしたいと思う。
奇しくも昨日、3人目の妊娠が分かった。10ヶ月後、また赤ちゃんを迎えた怒涛の日々が始まるだろう。やっぱり「赤ちゃんとの生活は、毎日が記念日です」なんて言える素敵な母親にはなっていそうもない。けれどこれからもきっと一年に一度、8月14日には、一度立ち止まって一年の子どもたちの成長を、そして自分自身の成長を、振り返ってみたいと思う。ただの時間の経過ではない、子どもたちと私との、大切な成長の思い出を。