【第1回】
~ 妊娠・出産、新しい生命の誕生に接して ~
佳作
「息子の誕生」
【一般部門】 石丸 千夏 福井県 主婦 36歳
「エーッ、一人っ子がよかったのに」
二人目の妊娠を告げると娘の夏海はこう言ってひっくり返り泣き出した。私は少なからずショックを受けた。思いがけない妊娠ではあったが、弟か妹ができる事を喜んでくれるだろうと少しは期待していたからだ。六年間、一人っ子で甘えたい放題だった夏海には衝撃が強すぎたのかもしれない。しかし今さら、どうなるものでもない。しばらく泣かせた後抱きしめて「赤ちゃんができても夏海が一番大切なのは変わらないよ。なっちゃんに赤ちゃんを育てるの応援して欲しいんだよ」と話した。ひとしきり泣いて、落ち着いたのか、夏海はやっとふっ切れたように同居している祖父母に「ママのお腹に赤ちゃんができたよ」と報告しに行った。
やがて幼稚園等で会うお母さん方に「ママのお腹に…」と告げて回るようになった。大抵の方は「よかったね」と答えてくれる。しかし私にはそれを聞く事で自分の気持ちを満たそうとしているかのように見えた。
幸いその後の経過はごく順調だった。日に日に大きくなり胎動を始めるお腹を見て、夏海も「早く赤ちゃん出てこないかな」と楽しみにするようになった。ちょうどその頃、同い年の友達にも妹が産まれた。友達が妹の面倒をみている姿を見て、「なっちゃんも赤ちゃんにああやってしたい」と言う事もあった。こうして夏海はゆっくりと時間をかけて姉になる準備をしていけたような気がする。
陣痛は予定より二日遅れて始まった。その日は運良く日曜日で夫も夏海も一緒に病院で立ち合う事となった。産まれるのを見る、とはりきる夏海と裏腹に私は六年ぶりの陣痛の辛さに愕然とし、体力の衰えを実感した。夏海の時は「まだまだ痛いはず」と頑張れたが今回はどうしても腰くだけになって、力が入らない。後で聞いたら夏海は、私のうなる声に気押されてずっと目と耳を閉じていたが、「外で待っている?」と聞かれても頭を振って耐えていたのだという。分娩室に入って約二時間、待望の第二子は診察で言われたとおり三九九四グラムの大きな体で誕生した。「うわっ、でっかい」私のお腹の上に乗せてもらった息子は新生児なのに何だかとてもどっしりと安定感のある子だった。へその緒を切ってもらいおくるみにくるまれたほやほやの弟を見た夏海はひと言「夢みたい」と言った。
この子の命名は家族にとっても忘れられないできごととなった。妊娠中から「どんな名前がいいかいっしょに考えてみてね」とお願いしたら俄然はりきった夏海は「四月生まれだから春だよね。はるきはどう?
春に樹ではるき」と習ってもいない漢字を名付け辞典から引っぱり出してきた。そして産まれてからは「素直な子になるようにすなおがいい」と主張していた。一方私達夫婦があれこれ悩んだのち、考えた名前は「しんぺい森平」だった。それは、命を育みすべてを受容する森、自然を大切にし、平和を愛する子になってほしい、という願いをこめたものだった。しかし、夏海は自分の提案を譲らない。何よりもこの数ヵ月間の夏海の想いを大切にしたかった。姉になるという一大事を彼女なりに受けとめ、弟の誕生を心から喜んでくれているのが分るからだ。しかし親の想いも伝えたい。迷いながら私は夏海に語りかけた。
「なっちゃんの名前はどうして付けたか知っているよね。パパとママが南の島に行った時出会った人の心にとても感動した事。そして世界を分かつのでなく一つにしてくれる海のように夏海がみんなの心を一つにしてほしいと付けたんだよ。それからパパはいつも一番大切なのは平和だって言っているよね。
夏海は幼稚園で自然を大切にしようっていう絵本を読んで、発表会で劇をしたよね。パパとママも自然を大切にするって本当に大切な事だと思う。だから自然と平和を大事にするように『森平』って付けたいと思っているの。なっちゃんの考えた名前もとてもいいと思うけれど…。だめかな?」うなだれて聞いている夏海の細いうなじを見ているうちに、私の心にさまざまな思いがよぎった。夏海が産まれた日の事。私が妊娠中夫の両親が突然倒れ入院した時も毎日病院に来てみんなを励ましてくれた事。そんなひたむきな想いを踏みにじっているのではないか、夏海だって一所懸命考えてくれたのに、今さら他の名前にしたいなんて私達の勝手だろうか…そんな風に思って涙があふれてきた。もし、どうしてもだめだったら夏海の言う名前にしようか…。そう思った途端、顔を上げてニッコリ笑った夏海は言った。「森平ちゃんでいい。かわいいもの」。うれしかった。私なりに心をこめて話した言葉が届いたのと、新しい家族をみんなで迎え入れる事ができたような気がした。
そして息子の誕生日は夏海にとって姉としての誕生日であり、私達にとっても二人のこどもの親としての誕生日だった気がする。
皆の願いが届いたのか森平は元気でよく笑う。特に夏海の事が大好きで、学校から帰って来た夏海を見つけるとニコッと笑う。夏海が宿題として本や計算カードを読んでいるとじっと聞いているのがおかしい。そんな二人を見ているとしみじみと幸せをかみしめ、産まれて来てくれてありがとうと言いたい。
この間、「ねぇ、ママは私としんちゃんとどっちがかわいい?」と夏海に聞かれた。 「そりゃあ、なっちゃんよ」と間髪いれずに答えると「ふーん」とうなづいた後、「でもさーもし、しんちゃんが大きくなって同じ事聞いたら、しんちゃんの方がかわいいって言うんでしょう」ばれたかーと笑いながらも、聞かずにはいられない夏海の心がいじらしかった。弟が産まれてからというもの夏海は相当心をくだいてきた。かわいい、かわいいとあやし、育児書を読み自分のノートにポイントを書き写す熱心さだ。でも時々自分も甘えたくてひざにのってきては先のような質問をしたりする。私にとって森平も夏海も順番をつけられない事も、時々は「あなたが世界で一番かわいいよ」と言う気持ちもいつかきっとわかってくれると思う。そしていつまでも姉弟仲良く育ってほしいと願っている。
先日夏海が学校で弟の詩を書いた。弟の事をこんな風に見ていたのかと驚き、私達家族への一番のプレゼントのような気がしている。
おとうとのしんぺい
しんぺいは ねていてもすぐおきる
うるさくしなくても
一じかんくらいしかねない
わたしがあやすと にたっとわらう
わたしもわらう
わらっているしんぺいが だいすき
おかゆをたべさせると
あしをばたばたさせる
おかゆがなくなると もっとほしいとなく
しんぺいは
くいしんぼうだ