【第1回】
~ 妊娠・出産、新しい生命の誕生に接して ~
佳作
「糸でんわのように」
【一般部門】 山中 みどり 大阪府 主婦 33歳
覚えてますか?『そうちゃん』これが、おなかにいた時のあなたの名前です。おかあさんは、いつもそうちゃんに話しかけていました。
そうちゃんがおかあさんのおなかにやって来たのは、結婚六年半目。待ちに待ってた赤ちゃんでした。六回の出血に切迫流産、切迫早産、逆子……色々大変なこともあったけど、それでも、うれしいことの方がいっぱいでした。そうちゃんに話しかけることが楽しくて、妊娠初期の頃から、空の青さや道ばたに咲く花、散歩してる犬の話、今食べてるお菓子のことなど本当になんでもしゃべってました。本当なら心細くなってしまうような暗い人通りのない道を歩く時も「そうちゃんがおなかにいる」って思うと心強くて「一人じゃない」って実感してましたよ。
初めて「胎動」を感じた日。私はこのときの感覚を忘れることができません。本当に「女性に生まれてよかった」と思えた瞬間でした。自分の中に、別の人間がいる……それは、本当に不思議な感覚でした。
私は、胎動を感じれるようになったら是非やってみたい事がありました。「キックゲーム」です。「キック」と言って、おなかをポンとたたくのです。すると、赤ちゃんもおなかを蹴り返してくれるというゲームです。最初は半信半疑ながらもやってみると、そうちゃんあなたはキックゲームの名人でしたね。おかあさんがたたいた所をきっちり蹴り返してくれました。その時、初めてそうちゃんと『対話』できたようでとても感動したのよ。そして、このゲームを毎日繰り返すうちに、わかってきたことがありました。そうちゃんは、とっても几帳面な子だということ。ゲームでは、いつも私がたたいた所と同じ場所をきっちり蹴り返してきます。二回たたけば、二回。三回たたけば三回。
ある日、私はそうちゃんに頼みました。「明日、七時に起こしてね」すると、普段朝は動きの少ないそうちゃんが七時頃からポコポコ蹴りだしました。「眠いよぉ」と布団から出ない私にさらに強く蹴り出して……結局、起きあがるまでずっとポコポコ蹴ってたね。
そうちゃんは、音楽やお芝居など私が好きなものを見たり、聞いたりしていると本当によく動いてたね。なんだか、一緒に楽しんでるみたいでとてもうれしかったのよ。おとうさんは、いつもうらやましがってました。私がどう説明しても、実際に肌に感じることはできないんだもんね。
そんな楽しい妊娠生活も後期に入った頃からおかあさんはだんだん心配になってきました。
「出産したら、おなかがさみしくなりそう……」
そう考えただけで、涙が出てくるほど妊婦生活は幸せでした。
でも、十ヵ月に入り、まわりの妊婦友達が次々出産、ベビーと対面するたび、私もそうちゃんに逢いたくなってきました。
三十八週一日。とても寒い日。そうちゃんと対面。すごくきれいなピンクの赤ちゃんに、おかあさんの第一声は「かわいいー
!」でした。お父さんは会議中。赤ちゃんの泣き声で目をさましたんだって。ちょうどそうちゃんが産声をあげた時間です。不思議でしょ。
あれから、もうすぐ一年です。この一年は本当にあっという間の出来事でした。もう、今は、おとうさんと二人で生活していた時のことが思い出せないくらい三人の生活になじんでしまいました。そして、これからは、手をつないで一緒にもっと楽しい時を作っていこうね。
でもいつか、おなかの中のこと聞かせてね。そうちゃんにとって、おかあさんのおなかの居心地はどうだったのか。そしたら、おかあさんは、あなたがおなかに来てくれてからどんなに幸せなのか教えてあげるからね。