【第9回】~ 赤ちゃんと笑顔 ~
特別賞
・あなたは愛されて生まれてきたよ
萩島 由紀子
東京都 助産師 32歳
わたしが助産師学生として実習の最後にとったお産のことです。
その日朝、陣痛室を訪れるとそこにいたお母さんは、壁を向いて横になっていました。背中越しに挨拶をしてもあまり反応がなく、とてもとっつきにくそうに見えました。ご主人の立会い出産を希望で、お部屋にはご主人もいたのですが、二人の間にほとんど会話はありませんでした。
「・・・このご夫婦はどのような気持ちで赤ちゃんを迎えようとしているのだろう。このご夫婦にとってよかったと思えるお産にするために、自分は何ができるだろう。」
赤ちゃんの心音を聞きにいったり、お食事を運んだりしながら、なんども心の中で繰り返しつぶやきました。
お産はゆっくりゆっくり進行していきました。すっかり日もくれたころ、やっと陣痛が強くなり、お母さんの口からつらそうな声がもれだしました。すると無愛想にしていたご主人が腰をさする姿がカーテンの隙間から見えました。
「なんだ、ご主人いいとこあるじゃん」
と思ったのもつかの間、私が訪室するとそそくさとやめてしまいます。
「ご主人、奥様の側にいて腰をさすってください」と声をかけると、
「おれは女の子がほしかったんだからな」などとぶつぶつ言いながら、椅子に座って雑誌をよみはじめてしまいました。
「ご主人は本気で言ってるのかな・・・」
わたしはまだご夫婦の関係や赤ちゃんへの思いをつかみきれずにいました。
それでも、私ができる精一杯をと考えながら、お産が進むように痛がるお腹や腰をさすりったり、励ましながら病棟を何度目も歩いて往復しました。気がつくと窓からは優しい月明かりが差し込み、星空へとかわっていました。
日付が変わろうとしているころ、わたしは少しでもお母さんにリラックスしてもらうために足浴をしながら、アロママッサージをしていました。すると、お母さんの口からおもむろに赤ちゃんへの思いがこぼれだしました。
このご夫婦は今年結婚して10年になります。子供が大好きで、欲しいと願いながらも中々めぐまれず、ずっと不妊治療をうけてきたそうです。親戚の中で子供がいないのは自分たち夫婦くらいになった3年前、やっと子供をさずかりました。にもかかわらず、妊娠5ヶ月のとき、お母さんがお腹に痛みをおぼえ病院にいくと既に破水していました。そして、そのままお産となり赤ちゃんは助かりませんでした。
この話をされているときのお母さんには、悲観的な感じはなく、自分の愛する子供の話をする他のお母さんとかわらぬようにみえました。一方、私自身にはその思いをどう受け止めたらいいかわからず、複雑な表情をうかべていたような気がします。ただ、これから誕生しようとしている赤ちゃんへとにかく元気にうまれてきて!と強く祈る気持ちがわいてきて、今から思うとこのとき、ご夫婦とわたしの気持ちが一致したような気がします。
再び空があかるくなりはじめたころ、元気な産声をあげて男の子が誕生しました。
赤ちゃんとお母さんをつないでいたへその緒を切り、お母さんのお腹にのせると、お母さんはキラキラした笑顔で
「わ~お兄ちゃんと同じすらっとした長い指をしている。かわいいね」と話かけていました。
わたしは胸と目にあついものを感じ、上向きかげんで涙を必死でこらえていました。
お母さんと赤ちゃんの短くも濃厚なはじめましての挨拶が終わり、あったかいタオルに赤ちゃんがくるまれて、計測のため分娩室の外へでていきました。
赤ちゃんは、
「僕は元気だよ、ここにいるよ」といわんばかりの声で泣いています。
でもそれに負けないくらい大きな声が聞こえてきました、
「パパでちゅよ~わかりますかぁ~」
お母さんとわたしは目を合わせ思わず笑い出しました。
新しく家族を迎える喜びを感じた忘れられないお産でした。